回流水槽を用いた膜冷却噴流試験
―可視化と渦発生体付き拡散孔の膜冷却効率―


*松田 寿,大友文雄,中田裕二
((株)東芝 研究開発センター)

1.はじめに

高効率ガスタービンの開発においては冷却翼技術の向上が重要である.中でも翼に発生する熱応力を低減できる膜冷却は高温化のキー技術となる.このため膜冷却に関して従来から様々な実験的・数値解析的研究がなされてきた1〜6).しかしながら膜冷却効率と冷却孔形状の関係,多列噴き出しにおける流れの干渉等については十分な解明がなされていない.より効果的な膜冷却流を得るには冷却孔から噴き出される膜冷却流の挙動,いわば膜冷却噴流の物理現象を把握して新技術の開発に結びつける研究が必要である.そこで本研究では流れの可視化(色素流脈法,水素気泡法)を中心とした基礎試験を行って,異なる冷却孔形状(円形直管孔:St,拡散孔:Df,ラテラル孔:Lt)について膜冷却噴流の挙動を支配する流れ構造を観察した.さらに熱膜流速計による速度場計測を行って膜冷却流の様子を詳しく調べた.そしてこれらの結果を基に新たな冷却孔形状を考案すると共に,独自に開発した色−温度同定法を使用した感温液晶法により,噴き出し孔近傍場において本考案の冷却孔が従来の噴き出し孔形状よりも高い膜冷却効率を示すことを確認したので報告する.

2.試験装置および試験体 

実験に使用した回流水槽試験装置を図1に,試験平板概略を図2に示す.本水槽は膜冷却を模擬できるよう主流の一部をバイパスさせた後,ポンプによる強制循環によって透明アクリル製の試験部(長さ0.9m,高さ0.22m,幅0.3m)に再流入させる構造となっている.また膜冷却効率試験(後述)のため,主流加熱用ヒータ(30Kw)と噴き出し流冷却用のチリングユニット(22Kw)が装備されている.
試験体は流れ構造を詳細に観察できるよう冷却孔径をφ30mmとした単孔試験体と,膜冷却流同士の干渉効果を調べるため冷却孔径をφ10mmとした単列試験体を制作した.従来の研究例2〜4)を参考に,全ての試験体について噴き出し角度は35゜とし,またLt孔の水平方向噴き出し角度は45゜とした.また噴き出し管長さは孔径の6.5倍とした.単列試験体における冷却孔の水平方向ピッチは冷却孔直径:Dの3倍である.図3に単孔試験体の概略図を示す.
 膜冷却の挙動を支配する要因は多々あるが,本試験では噴き出し速度比(流量から求めた噴き出し管内平均速度と主流速度の比):M比を試験パラメータとして選択し,M比が0.5〜2.0の範囲に関して実験を行った.なお可視化実験および速度分布計測時の噴き出しレイノルズ数(噴き出し速度および冷却孔径に基づく)はRe=1.4〜3.0×103である.これは実機に比べ一桁小さいレイノルズ数となるが噴出後に膜冷却流を支配する基本的渦構造は充分考察可能と考えられる.

3.可視化試験(色素流脈法と水素気泡法)

膜冷却流の全体像を把握するため,まず色素(メチレンブルー染料)を用いた可視化を行った.一例として図4(a,b)にM比=1.0におけるSt孔試験体およびDf孔試験体の可視化結果を示す.St孔(図a)の場合には噴出直後から噴き出し流が主流へ吹き抜けていく.また噴出孔近傍では主流から噴き出し流の裏側へ廻り込むような流れが確認された.そしてこの流れは噴き出し流の中心で巻き上がるような動き(巻き上げ渦)を形成することがわかった.これに対しDf孔(図b)の場合には拡散部に沿って噴き出し流が流れるため,St孔に比べ高い壁面付着性を持つことがわかった.さらにM比が増加しても壁面付着性はあまり変化しないことが確認できた. さらに膜冷却流の挙動を明らかにするため次に水素気泡法による可視化を行った.なお本研究では冷却孔部分を打ち抜いたゴム板を試験平板上に設置し,白金線を冷却孔出口周りに縫いつけることにより噴き出し流の出口剪断層を可視化するように努めた.図5(a,b,c)にSt孔,Df孔,Lt孔の単列試験体による可視化結果例(M比=1.0)をそれぞれ示す.St孔列の場合にはM比の増加に伴い噴き出し流が主流へと吹き抜けてしまうため,M比=1.0では隣合う噴流同士の干渉が見られなくなり個々の噴き出し流は単孔時同様の挙動を示すことがわかった.これに対しDf孔列の場合はM比の広い範囲にわたって噴流の干渉が認められた.冷却流の水平方向への拡がりが進むようである.一方,Lt孔列の場合には噴出直後から隣合う噴流が干渉し,水平方向へ気泡が拡がっていくのが確認された.M比の増大(M比=2.0)につれ水平方向へ干渉領域は拡がっていく.ただし下流方向へ干渉領域が拡がるような挙動は認められなかった.

4.速度分布計測

可視化実験で明らかになったSt孔,Df孔,Lt孔噴き出しによる膜冷却流の特徴をさらに詳しく調べるため,次に熱膜流速計(DANTEC社製,センサ受感部径φ72μm)を用いて冷却孔下流5D(X/D=5)における主流方向速度の面計測を行った.図6(a,b,c)に噴き出し流速比:M比=1.0における主流方向平均速度の等高面表示を示す.図aはSt孔,図bはDf孔,図cはLt孔の測定結果である.なお,流れ場の全体像を掴むためSt孔およびDf孔の結果は流れが左右対称であるとして水平方向に結果をコピーして表示している.図aでは噴き出し中心近傍の壁面から離れた領域に特に速度が大きな領域があり,これに伴って噴き出し中心付近に速度が大きな領域が集中しているのがわかる.そしてこれと対称的に壁面近傍と速度が大きな領域の周りには速度が遅い領域が存在しているのがわかる.これはSt孔の場合,噴き出し流が主流へ吹き抜けると同時に,主流から噴き出し流の裏側へと廻り込む流れがあることに対応している.これに対しDf孔の場合(図b)にはSt孔に比べ流速分布が断面全体にわたって一様になっているのがわかる.一方,Lt孔噴き出し(図c)では壁面近くに速度が遅い領域が大きく存在している.Lt孔の場合は噴き出し流と主流が水平方向斜めに衝突干渉するため大きな速度欠損部を生じてしまうことを示している.こうした速度場の様子は,Lt孔の場合,水平方向への噴き出し流の拡がり(水素気泡の拡散)は大きいが下流方向への持続性に欠けるという可視化結果を裏付けている.

5.渦発生体付き拡散孔の考案

 色素流脈法および水素気泡法による可視化結果と熱膜流速計を用いた流速測定の結果から,噴き出し流の裏側へ廻り込んで噴き出し流中心で巻き上がるような流れ(巻き上げ渦)の存在が,膜冷却流の壁面付着性を低下させているらしいことがわかった.またSt孔,Df孔,Lt孔噴き出しの結果を比較したところ, Df孔噴き出しは他の2例に比べて噴き出し流の壁面付着性や,単列噴き出し時の干渉効果を含めて下流方向の持続性が優れていることがわかった.そこで本研究ではDf孔噴き出しの特徴を生かし,さらに1)噴き出し流の水平方向拡散増加,と2)下流方向持続距離の更なる延長,を目標とする新たな膜冷却孔を考案することとした.これらの目標に対処すべく採用したのが渦発生体7)である.噴き出し流中心で鉛直下向きに吹き下り水平方向へ広がるような流れ(渦)を発生させることにより,噴き出し流を壁面に引きつけようという狙いである.本考案による渦発生体付き拡散孔の概略を図7に示す.

6.膜冷却効率計測試験

 考案した渦発生体付き拡散孔: VDfの冷却性能を St孔,Df孔と比較して調べるため,次に感温液晶法を用いた膜冷却効率計測試験を行った.これらの冷却孔形状について,新たにベークライト製の試験体(孔径φ30mm)を製作し,断熱条件による実験を実施した.なお本試験においては図1に示した温度制御系によって主流温度を約30℃,噴き出し流温度を約15℃に設定することが可能である.感温液晶には耐水加工を施したコレステリック液晶シートKX1530((株)日本カプセルプロダクト製)を使用した.感温液晶を利用した試験では色と温度の同定法が課題となる8)がここでは独自に開発した色空間上で色情報と温度を対応させる手法(LITICS法)9)による測定を行った.図8に感温液晶膜効率試験の概略を示す.  M比=1.0における壁面温度の等値線図を図9に示す.なおこれらの温度分布は定常状態に達したと判断したのち記録した画像を統計処理したものである.いずれの結果も冷却孔径中心の約2Dから約12D下流までの領域を水平方向3D幅で切り取って画像処理している.St孔(図a),Df孔(図b),VDf孔(図c)となるにつれて低温領域が下流方向に延びているのがわかる.  上記のように壁面温度:Twを得,さらに熱電対で計測した主流温度:T1と噴き出し流温度:T2から膜冷却効率:ηfを求めた.ここに膜冷却効率は ηf =(T1− Tw)/(T1− T2 ) である.こうして噴き出し中心線上の膜冷却効率と下流方向数点における水平方向平均の膜冷却効率分布を求めた.M比=1.0の結果を図10(a,b)に示す.図aは中心線上の膜効率分布,図bは水平方向に平均した膜冷却効率分布を示したものである.いずれのグラフにおいても実線がSt孔の結果,一点鎖線がDf孔の結果,点線がVDf孔の感温液晶:T.L.C.から求めた結果を表す.なお,図aにおいてそれぞれ丸印,三角印,四角印のシンボルで表示されたデータは液晶シートに貼付した熱電対:T.C.(0.25mm,0.4級)による計測結果を示したものである. 図aに示されるように熱電対による計測値と感温液晶による計測値の一致は良好である.両図より中心線上の膜冷却効率分布においても水平方向の膜冷却分布においても測定範囲内ではVDf孔が一番高い膜冷却効率を示すことがわかる.測定した中心線上分布においてVDf孔はSt孔に対して平均6割程度の高い膜冷却効率,Df孔に対しても1割弱の高い膜冷却効率を示している.水平方向に平均した分布においてもVDf孔はSt孔に対して平均6割程度の高い膜冷却効率,Df孔に対しても1割強の高い膜冷却効率を示している.なおVDf孔が一番高い膜冷却効率を示すこうした傾向はM比=2.0の場合も同様であった.噴き出し孔近傍場(X/D<12)ではM比が小さい場合にも大きな場合にもVDf孔噴き出しによって,従来の冷却孔以上に良好な膜冷却流が実現されることが確かめられた.

7.膜冷却噴流の水流可視化試験のまとめ

 膜冷却噴流の基本構造を掴むため,St孔,Df孔,Lt孔噴き出しに対して色素流脈法,水素気泡法による可視化試験を行った.この結果,膜冷却流の挙動は,噴き出し噴流自体の構造に加え主流から噴き出し噴流背後に廻り込んでくる流れ(巻き上げ渦)に支配されていることがわかった.またこれらの可視化結果と熱膜流速計を用いた速度場計測により,各冷却孔形状による膜冷却流の特徴を把握して,既存の冷却孔形状の改善を狙ったVDf孔を考案した.本考案による冷却孔は,ディフュージョン孔拡散部に渦発生体を組み合わせたものであり,新たに設けた渦発生体によって膜冷却流を壁面に引きつける流れを生じさせ,噴き出し流の水平方向への拡散を増加させるとともに噴き出し流の下流方向の持続性向上を狙ったものである.既存のSt孔,Df孔とともに考案したVDf孔について感温液晶法を用いた膜冷却効率計測試験を行った結果,噴き出し孔近傍場(X/D<12)では噴き出し流速比:M比の広い範囲(M比=0.5〜2.0)にわたってVDf孔が最も高い膜冷却効率を示すことを確認した.既存のディフュージョン孔以上の効果を示す新たな冷却孔形状を開発することができた.
 なお,本研究は水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術(WE-NET)「水素燃焼タービンの開発」として,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)殿および(財)発電設備技術検査協会殿からの委託を受け実施したものである.記して関係各位に謝意を表する.

参考文献

1)坂田・新藤・柳・藤沢(1984),流れの可視化,Vol.4,No.14,pp.295-300.
2)N.Hay,D.Lampard and C.L.Saluja(1985), Journal of Engineering for Gas Turbines and Power,Vol.107,pp.105-110.
3)R.J.Goldstein and H.P.Chen(1985), Journal of Engineering for Gas Turbines and Power,Vol.107,pp.117-122.
4)Schmidt,D.L., Sen,B. and Bogard,D.G.(1994), ASME Paper No.94-GT-312.
5)Honami,S., Shizawa,T. and Uchiyama,A.(1994), ASME Journal of Turbomachinery, Vol.116,Jan.,pp.106-112.
6)Fukuyama,Y.,Otomo,F., Sato,M., Kobayashi,Y. and Matsuzaki,H.(1995), ASME Paper No.95-GT-25.
7)W.R.Pauly and J.K.Eaton(1988),Stanford Report,MD-51.
8)笠木(1982),感温液晶の応用,流れの可視化,Vol.2,No.7,pp.647-654.
9)松田・池田・中田・渡辺(1996),第33回日本伝熱シンポジウム講演論文集,pp.871-872.