WE-NET 水素液化、輸送、貯蔵技術の開発

<WE-NETにおける液体水素貯蔵技術の開発状況>

川越英司
川崎重工業株式会社


はじめに

液体水素はロケット燃料などに使用されているが、WE-NET計画での使用量は、現状の液体水素消費規模に比べ比較にならないくらい大規模なものとなる。従って液体水素の貯蔵設備も大規模なプラントとなり、その規模は現存の液化天然ガス(LNG)貯蔵基地相当以上になると予想される。
WE-NET計画の第T期での液体水素設備の開発では、大容量化への基礎技術を確立するために、既存技術や類似技術の調査を行い、液体水素貯蔵設備の全体システムの検討と大型貯槽の断熱構造の開発を行っている。本書では、その実施状況と抽出された技術課題などを紹介する。


経緯

WE-NET計画は、1993年から2020年までの28年間にわたる大型プロジェクトであり、その開発行程は3段階の開発ステップから成っている。第T期(1993〜1996)では、基礎技術および要素技術の開発を目的に水素製造から輸送・貯蔵およびその利用に至る広範囲の内容について、9つのサブタスク分かれて調査・開発研究が行われている。
 水素液化、輸送、貯蔵技術の開発を担当するサブタスク5は、(財)エンジニアリング振興協会がNEDOからの委託を受けて実施され、5つの作業部会で構成され、液体水素貯蔵設備の開発は、そのうち1つである。
 WE-NETでのサブタスクや部会は、国内外の多くの大学、研究所、団体、企業が参加し共同研究体制にて実施されている。液体水素貯蔵設備の開発作業部会においても、貯蔵技術に関連する多くの企業(末章にて紹介)が参加し積極的な活動が行われている。


技術開発状況

 液体水素の大量貯蔵設備の開発は、貯蔵設備の全体システム設計と大型貯蔵設備の開発に大別され行われている。
平成5年度から6年度にかけては、主に現状技術の調査を行い、平成6年度以降からは液体水素大量貯蔵プラントの基本システムフローの検討ならびにWE-NET計画の最終目標である50,000m3の大型液体水素貯槽の概念設計を実施している。


貯蔵システムの調査

(1) 類似大型貯蔵システムの調査
 類似する大容量貯蔵システムとしてLNG貯蔵基地の調査を行った。国内外の12の基地を対象に受入設備、出荷設備、気化設備、BOG(Boil-off gas)処理設備ならびに保安設備などについて調査した。
 各種設備の液体水素貯蔵への適用を検討した結果、LNG(-162℃)に比べ液体水素(-253℃)はさらに低温であり気化しやすい性状であるために、液体水素用として新たに開発すべき機器(ローディングアーム、低温ガス圧縮機、ポンプ等)が多いことがわかった。
しかしながら、LNG基地における貯蔵システムの基本的な設備構成は、液体水素貯蔵システムにも十分適用できることがわかった。
(2) 既存液体水素貯蔵システムの調査
既設の液体水素貯蔵システムで比較的大きな貯蔵設備は、主にロケットの開発設備や発射設備、また供給元の液体水素製造設備である。それら設備を対象に調査行った結果、貯槽より液送出は貯槽内を加圧するガス押し方式が採用され、そのため貯槽設計圧力は0.5〜0.7MPaGのものが多いとの結果が得られた。
圧力に対し構造上有利な真空断熱の球形貯槽で貯蔵容量の限度を試算すると、大型の貯槽の場合は現地施工となり、溶接や検査上の制約により使用鋼材板厚は実用上50mmが最大となり、設計圧力を0.5MPaGとしたときの最大容量は16,000m3が限度となる。したがって、これ以上の貯槽容量を得るためには、貯槽内圧力を減少させ、液送出のためにポンプを用いる必要がある。


貯蔵システムの検討

 液体水素の大量貯蔵システム構築するため、貯蔵貯蔵基地の規模想定と基本フローについて検討を行った。貯蔵基地としては、出荷側となる液化基地に隣接貯蔵基地と消費側となる発電所隣接貯蔵基地の2種類の基地について検討を実施した。その検討結果の一例として液化基地隣接貯蔵基地の基本フローおよび配置例を、図−1図−2に示す。
 貯蔵システムを構築するに際し、貯蔵の目的が液化基地のように短期間貯蔵であるか、備蓄基地のように長期間の貯蔵であるかにより、貯蔵設備の断熱性能つまりは蒸発ロス率への要求が異なり、BOG処理設備等の構成設備容量に大きく影響する。
貯槽の断熱性能要求は、その経済性により最終的に決定されるが、初期検討条件として既存の大型LNG貯槽での断熱性能をベースに、貯槽BORを0.1 %/日と設定して熱・物質収支検討を行った。
また、貯蔵容量の規模想定は、液体水素タンカーが20万m3クラスを目標規模としていることから、必要最少の貯槽容量として、5万m3×5基を想定した。液化基地でのタンカー出荷時の熱・物質収支バランス試算例を図−3に示す。
 今後の作業としては、液化設備や発電用水素タービン設備等の関連設備の開発状況に合わせて、それらとのインターフェース条件と整合をとりながら、貯蔵設備の各構成機器に要求される仕様を検討する予定である。


貯槽断熱技術の調査

(1) 断熱材・断熱構造の調査
平成5年度と6年度において、低温、極低温分野における断熱材、断熱構造さらに断熱性能試験装置に関する文献調査を行った。調査した文献総数は126にのぼり、各種断熱方法の構造、施工技術、真空操作等に関する多くの知見を得ることができた。
低温での断熱方法としては、各種断熱材と真空、非真空によりその断熱性能は、図−4に示す通りである。
一般的に液体窒素温度(-196℃)付近を境に、それ以上で非真空断熱、それ以下では真空断熱が採用されている。
(2) 既存の液体水素貯槽の調査
既存の液体水素貯槽での最大容量は、国内では種子島宇宙センターの540m3、海外では米国NASA.J.F.Kennedy S.C.の 3,218m3であり、その断熱構造はともにパーライト真空断熱方式が採用されている。
既存の液体水素貯槽に一般的使用されている断熱方法であるパーライト真空断熱と多層真空断熱の見かけの熱伝導率は、
    パーライト真空断熱: 1〜3×103 W/mK
    多層真空断熱 : 2〜5×105 W/mK
であり、同じ断熱性能を得ようとした場合、断熱厚さはパーライト真空断熱では多層真空断熱の約50倍となる。性能では多層真空断熱が優れているが、断熱性能が比較的安定していることや施工性に優れていることから、比較的大型の貯槽にはパーライト真空断熱が用いられている。また、積層真空断熱式貯槽は貯槽空間の有効利用が計れることや断熱重量が少なく熱容量を小さくできる等の理由で比較的小型の貯槽に採用されている。


大型貯槽の検討

貯蔵設備の規模想定に基づき、以下の条件にて大型液体水素貯槽の概念設計を行った。
    貯蔵容量 : 50,000 m3
    設計圧力 :  0.02 MPaG
    設計温度 :  -253 ℃
    断熱性能 :  0.1 %/日以下(BOR)
 概念設計を行った貯槽の形式は、
    貯槽形状:平底円筒形、球形、メンブレンタンク
    断熱構造:粉末、固体、S/I
    断熱層圧力:真空、非真空
の組合せにて10タイプの貯槽について実施した。
50,000m3平底円筒貯槽の場合、底部にかかる荷重は2×105N/m2程度の荷重を断熱材で支持する必要がある。断熱材として載荷力のある粉末断熱材としてマイクロスフェアの使用を試みたが、載荷時の断熱性能等の実データが不足している。
球形貯槽の概念設計を試み、基本的な強度設計で実現しうる寸法を得たが、内槽の支持構造および真空による外槽の外圧座屈に対する検討が必要である。
また、断熱空間に熱シールドを設置する方法で大幅な断熱性能の向上がはかれることが確認され、さらに断熱効果に対しシールドの最適位置が存在することがわかった。
 常圧断熱方式においても貯槽強度設計上実現しうる寸法を得たが、真空断熱方法に比べ断熱厚さはかなり大きいもの(4.0〜5.5m)となった。
 概念設計結果の一例として、粉末真空断熱による平底円筒貯槽と球形貯槽を図−5図−6に示す。
 今後はさらに具体的な断熱構造の検討を進める一方、断熱性能確認のため要素試験などを行い、検証していく予定である。


おわりに

WE-NET計画第T期も3年目を経過し、貯蔵技術の開発においては既存技術の調査がほぼ終了し、技術的問題点の抽出も進み、第U期での小規模パイロットプラント建設に向けての各種断熱構造の要素試験等により開発成果の性能確認を行う状況下にきている。
今後は貯槽の具体的構造を設計するために必要な各種断熱構造材の性能確認のための要素試験を順次行う予定である。

なお、本成果はWE-NETサブタスク5の液体水素貯蔵設備の開発部会の参加企業による共同研究成果の集約であり、誌上をかりて以下に紹介する。

部会参加企業

    川崎重工業梶A三菱重工業梶A
    石川島播磨重工業梶A岩谷産業梶A
    日本鋼管梶A住友金属鉱山梶A
    椛蝸ム組、叶_戸製鋼所