WE−NET水素利用技術

<水素/酸素燃焼ディーゼルエンジンによるコージェネレーションシステム>

池谷 信之
石川島播磨重工業株式会社


1.はじめに

 ニューサンシャイン計画のWE−NETプロジェクトは,石油,石炭などの化石燃料に代わって,水力,太陽光など再生可能なエネルギーを利用し水素を生成し,それを水素タンカーにより需要地へ運搬し使用するという地球規模でのエネルギーネットワーク計画である.最終的な水素の消費形態として,水素燃焼タービンによる発電プラントが検討されている.計画ではタービン入口温度を1700℃まで高め高位発熱量換算で発電端熱効率60%の高効率化を目指している.材料開発の困難さなどから2020年までの非常に長期の開発計画となっている.一方,現状の技術レベルに多少の改良・新技術を加え,水素を有効に利用するシステムが,(財)エンジニアリング振興協会がとりまとめる動力発生ワーキンググループにて検討されている.これは2020年よりも早い時期に技術を確立することを目指している.ここで紹介するコージェネレーションシステムはその中で検討されたものである.


水素/酸素燃焼ディーゼルコージェネレーションのねらい

 近年,都市部では大気汚染防止の観点から環境庁が定めた排気ガス規制に加え,各自治体は運用上さらに厳しい規制値を設定するいわゆる上乗せ規制を実施している.そのためコージェネレーションなどの定置式のディーゼルエンジンの設置は抑制されているのが現状である.これは触媒などの後処理による対策が困難なために,窒素酸化物(NO)や粉塵の排出量がガスエンジンやガスタービンに比べ多いためである.しかし動力機関としてディーゼルエンジンの熱効率はガスエンジン,ガスタービンのそれに比べ高く,燃料経済性や二酸化炭素(CO2)による地球温暖化防止の観点から排気ガス問題の解決が強く望まれている.
 燃料に水素を用い酸素で直接燃焼させるディーゼルエンジンが開発されれば,前述の排気ガスの問題が一気に解決される可能性がある.これは水素ガスには炭素が含まれないことから粉塵の発生が無く非常にクリーンな燃焼が可能となるためである.このことは一般のディーゼルエンジンの出力を制限しているスモーク排出による燃料噴射量制限が無くなることを意味し,従来以上に比出力が増大する可能性を示している.さらに水素を空気を使って燃焼させた場合には空気中の窒素によりNOが生成されるが,水素と酸素を直接燃焼させることでNOも発生しない燃焼が可能となる.この場合,水素を酸素だけで燃焼させるとその燃焼温度は非常に高温になることから,たとえ間欠燃焼であるとはいえ材料強度の問題が発生する.そこで燃焼に関与しない作動ガスで希釈し燃焼温度を適切にするシステムが提案された.平成6年度からスタートしたワーキンググループ活動では,この作動ガスとして水蒸気または不活性ガスであるアルゴン(Ar)を使用するシステムが提案され,その可能性と課題の検討を実施している.これまでにも通常のガソリンエンジンやディーゼルエンジンをベースに燃料を水素とする研究が大学などで進められているが,クローズドループを用い酸素との直接燃焼を行う点が新しく,今後新たな技術開発が必要となる.


3.システム構成

図1に作動ガスとして水蒸気を用いるエンジンシステムを,図2にArを用いるシステムを示す.どちらのシステムでもエンジンの排気を冷却し燃焼で生成した水分を凝縮させ水として排出し,残った作動ガスを再びエンジンに吸い込ませるというクローズドループサイクルの構成になっている.この作動ガスの違いが両システムを特徴づけている.図3はArと水蒸気,それに比較用の空気の温度と比熱比の関係を示す.Arは単原子分子であることから温度に依存せず1.66と一定であるのに対し,3原子分子の水蒸気は300Kで1.33,1500Kで1.21と温度上昇に応じて低下する.空気の比熱比は水蒸気より5〜8%高い値である.そのため圧縮比と比熱比の関係で求まるディーゼルサイクル単体の理論熱効率は,図4に示すようにArが最も高く,空気,水蒸気の順番で低くなっている.図2に示すArを作動ガスとするシステムではこのエンジン単体の高効率化を目指すものである.それに対しエンジン単体では高効率化が困難な水蒸気を作動ガスとするシステムでは,燃焼ガスも水蒸気という特徴を最大限利用する目的で,排気系に排気タービンを設け,復水することで排気の持つエネルギーを有効利用する狙いがある.以下にこの水蒸気を作動ガスとするシステムについて述べる.

3.1 水蒸気循環型水素/酸素燃焼コージェネレーションシステムの特徴
 図5に水蒸気循環型水素/酸素燃焼コージェネレーションシステムの概念図を示す.燃焼に必要な酸素を混合器で水蒸気に混合し,この混合ガスをエンジンが吸入する.燃料の水素はシリンダヘッドに設けた高圧噴射ノズルから直接シリンダ内部へ噴射され,燃焼する.燃焼生成ガスは水蒸気なので排気中には燃焼の安定化のために余分に混合された酸素が残るのみでほとんどが水蒸気となる.エンジンから排出される高温水蒸気は二つの利用方法がある.一つは排気中のエネルギーからできるだけ動力を回収しようとするもので,他は直接熱エネルギーとして回収しようとするものである.これらはコージェネレーションシステムの負荷需要に応じて切り替えることが可能である.
 排気エネルギーから動力として回収する場合には,排気ガスをタービンに導き,タービン発電機を駆動する.タービン出口には温水を供給するためと排気を凝縮するための熱交換器を置く.凝縮水から燃焼で増加した分の水を除去し,ポンプでエンジン供給圧力まで加圧する.その後復水時の熱で再度加熱し,不足する熱はタービン入口からバイパスした高温蒸気と混合することでエンジン吸入状態まで加熱する.
 熱エネルギーを回収するシステムでは排気ガスを吸収式冷凍機に導入し冷熱として回収し,さらに回収しきれない熱エネルギーは温水供給のための熱交換器により回収される.燃焼により生成された余分な水分は冷却器から排出する.
 本システムのようにクローズドループを構成するシステムでは系内に本来望ましくないガスが蓄積されると性能の劣化が予想される.例としては混合する酸素の純度が低く,窒素やArが混入する場合や,潤滑油の一部がシリンダ内部で燃焼しそれが蓄積する場合が想定される.そこでこれらを排出するため真空ポンプを設け,タービン出口圧力を低く保つと同時に排気する.


4.本システムの予想性能

 本システムの実現には,高圧水蒸気中での水素の間欠拡散燃焼など後に述べる技術課題を解決する必要があるが,ここではそれらの技術課題が解決されたとしてシステムの性能検討を実施した.
 エンジンや,タービンなどの各構成機器の効率や損失を仮定し,作動ガスの組成,各ポイントの温度を考慮した物性値を用いた計算を行った.また,水蒸気中での水素の燃焼特性など現時点で不明な点は,現在知られている既存のエンジンの値をベースに推定した.なお本試算ではWE−NETプロジェクトの他のワーキンググループで検討されている水素と酸素の製造・供給装置は含んでいない.
 本システムではシステム全体効率の向上を図るため比較的複雑な構成となることと,排気タービンの高効率化の観点からある程度規模が大きい方が有利となる.よって検討は出力数MWクラスの大規模民生用または産業用を想定した.
 エンジン出力として1MWクラスのシステムではタービン出力は約0.5MWとなり,水素燃料の低位発熱量に対する総動力発生の割合(熱効率)は50数%に達する.
この時エンジン部の熱効率は約35%で,残り15%はタービン出力による.そのほかに熱エネルギとしても比較的低温ではあるが温水が得られる.水蒸気が凝縮するこの熱利用を含めた全体効率は,高位熱量換算で85%になる.
 吸収式冷凍機の場合には,動力出力としてはエンジン部だけであるが,熱出力を含めた全体では高効率が得られる.試算では高位発熱量換算で同じく85%の効率が得られることが判明した.この値を従来からの慣行に従って低位発熱量換算すると約100%となる.
 これら効率値はシステムの最適化の検討や仮定値が確定していく段階でより正確なものとなるが,現状のコージェネレーションシステムに比べて高効率化の可能性を示したものといえる.


5.技術課題

 本システム開発は2020年頃に水素燃焼タービンを完成させる前に,より小規模に水素を有効に利用する技術を開発するものであるが,以下に示す内容が技術課題としてあげられる.
5.1 燃焼関連技術
 水素を高圧力で噴射するためのポンプとノズルの開発や水蒸気雰囲気中で水素を間欠的に安定して拡散燃焼させる技術を確立する必要がある.
5.2 高温エンジン・タービン技術
 エンジン出力はシリンダ内部の最大圧力や排気ガス温度で制限を受ける.水蒸気作動の水素燃焼エンジンでは,エンジン熱効率が低い分,排気温度が上昇する傾向にあり,高温化対策が必要である.エンジン後段に設ける排気タービンは,システム効率を高く保つため通常の蒸気タービンより高温で作動する.そのタービンを開発する必要がある.
5.3 潤滑・シール技術
 水蒸気雰囲気中の潤滑技術の確立と潤滑油への水分の混入に対する防止・除去技術の確立が必要である.
5.4 材料技術
 吸入行程で混合する酸素や排気中の余剰酸素を含んだ高温の水蒸気にさらされる材料の耐食技術の確立が必要である.
5.5 制御技術
 システムの起動・停止や負荷制御の最適化など,制御方法を確立する必要がある.


おわりに

 動力発生ワーキンググループでは,平成6年より水素の有効利用を目指して検討を進めてきた.これまでの検討で,クローズドループを採用した水素/酸素燃焼ディーゼルコージェネレーションにより,低公害かつ高効率なシステムを構築できる可能性が明らかとなった.今後は5項に示した技術課題に取り組み,その可能性をより確実なものへと高めていく予定である.そのための研究開発のスケジュールを図6に示す.
 また本システムの実現には水素や酸素の供給方法など検討しなければならない課題も残されている.これらについては他のワーキンググループにて現在検討中である.今後これらワーキンググループと連携をとってWE−NET計画の実現に向けて努力していきたい.