各サブタスクの平成10年度の成果概要


3.3 一国規模の予測評価

3.3.1 研究開発目標

 水素エネルギーは、新しいタイプの二次エネルギーであり、その製造から利用に至る「水素エネルギーシステム」として種々の技術が有機的に組み合わされて初めてそのすぐれた環境特性が活かせるなど、将来のエネルギーシステムの中で重要な役割を果たすことができる。このため水素エネルギーの製造・利用の将来ビジョンについては、エネルギーシステム全体の観点から、コスト、環境影響など水素の得失を勘案しつつ検討する必要がある。本研究では、わが国の長期的なエネルギー需要と各種のエネルギー供給形態について、経済性、環境保全性などの面からシミュレーション試算し、水素エネルギーのコストなどをパラメータとし、各分野での水素利用量などを検討・評価することを目的とする。
 平成10年度は、本研究の最終年度として、昨年度までに機能向上を図ってきたMARKALモデルを用い、COP3以降のエネルギー情勢の変化を考慮した前提条件に対し水素導入量の予測評価を行うとともに、エネルギー価格、環境規制などの外部要因や、水素利用技術の特性が水素導入量におよぼす影響や、メタノールなど水素導入の過渡期に期待できる技術の役割について考察する。

3.3.2 平成10年度の研究開発成果

(1) 昨年度までの経緯

 本検討には、IEAにおける国際協力による米国ブルックヘブン国立研究所などで開発されたMARKAL(MARKet ALlocation)モデルを用いた。同モデルは、エネルギー需要や一次エネルギー供給量の上限などに関わる入力条件のもとで、各種のエネルギー技術の建設単価、耐用年数等を入力とし、エネルギー技術間の競合関係を考慮し、費用を最小とするエネルギーフローを計算するモデルである。なお本検討にあたっては、検討年次の延長、水素関連技術の組み込みなど、モデルの改造を実施した。
 モデル解析の前提条件としては、IEA/ETSAP(Energy Technology Systems Analysis Programme) の検討条件を2100年頃まで延長した条件を用いた。また水素価格、化石燃料価格、原子力容量、二酸化炭素排出抑制方策(排出量抑制、炭素税)などをパラメータとした感度解析を実施した。
 計算の結果、輸入水素が広く利用されるためには水素価格を低減することが不可欠であること、水素輸入量をその価格ほどではないが大きく左右する条件に二酸化炭素排出抑制方策の今後の推移があること、輸入水素は主に発電用ないしは輸送用のエネルギー源として利用されることなどを明らかとしてきた。

(2) 平成10年度の研究開発結果

(a)検討の前提条件
 本年度は、気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で決まった京都議定書や、それ以降のエネルギー情勢の変化などを踏まえ、以下の点で前提条件の見直した。

図3-3-1 想定した水素のフロー

  • COP3での取り決めをもとに二酸化炭素排出量の上限を織り込んだ。すなわち、2010年以降の二酸化炭素排出量を1990年レベルの94%以下とすることを基本的な想定条件とした。

  • 平成10年6月の総合エネルギー調査会需給部会中間報告に記された長期エネルギー需給見通しをもとに、一次エネルギーの入手量等を見直した。

  • 昨年度までの検討では、輸入水素(水力水素)は2030年以降に導入可能としていたが、WE-NET計画の工程も勘案し今年度では2020年度以降に導入できるものとした。

  • その他、水素を用いた発電方式として、水素燃料電池(コジェネ)の追加、高温ガス炉による水素製造の省略などを行った。

 なお水素のフローは図3-3-1の通りであり、水素価格は昨年度までと同様に概念設計から得た$29.6/GJ(約14円/103kcal)$56.5/GJ(約27円/103kcal)を基準とした。
また、将来のエネルギー情勢がきわめて不確実であることを勘案し、基準的な想定条件以外に、化石燃料価格、原子力発電の容量、二酸化炭素排出抑制方策について複数のシナリオを想定し(表3-3-1参照)、将来のエネルギー需給および水素需給についてシミュレーション計算を行った。なおすべてのシナリオにおいて、輸入水素の価格はパラメータとして変化させている。

(b)シナリオ解析の結果
 計算結果の一例として、基準シナリオにおけるエネルギー供給と水素需給を図3-3-2に、基準シナリオにおける水素価格と水素輸入量の関係を図3-3-3に示す。

シナリオ毎の結果をまとめると次の通りである。

  • 基準シナリオからは、輸入水素導入のためには水素価格を本検討での基準値から引き下げることが不可欠であり、二酸化炭素排出抑制の制約が課せられるとしても、原子力など大規模な炭素フリー・エネルギーの開発が可能であれば水素の導入条件に大きな変化が生ずるわけではない。

  • 炭素の環境外部性考慮シナリオからは、二酸化炭素の外部不経済が$300/t-C程度にまで達すれば、水素の導入の可能性が高まる。なお二酸化炭素の外部不経済が$150/t-C程度とした場合の計算結果は、基準シナリオで二酸化炭素排出量を1990年レベルの94%に制約した場合の計算結果に類似している。

  • 化石燃料高価格シナリオからは、化石燃料価格、特に炭化水素系の化石燃料価格の動向が水素の導入条件を大きく左右することが明らかとなる。また化石燃料価格が上昇し石炭の相対的な経済性が高まった場合には、二酸化炭素の排出量制約を考慮すると、合成燃料の利用など非従来型のエネルギー転換技術が商用化される可能性が高まるが、水素もその一環として利用される可能性も現れる。
     原子力容量制約シナリオによれば、二酸化炭素排出量が制約されているにも係わらず、エネルギー需要が伸び続け、しかも原子力開発に制約が生じた場合、言い換えればエネルギー需給が逼迫した場合、環境的にクリーンなエネルギーとしての水素の競争力が高まる。

  • いずれのシナリオにおいても、水素は単に経済的インセンティッブにより導入されたわけではなく、二酸化炭素排出抑制との関係で利用されている。

 上記各シナリオに対して水素ブレークイーブン価格を求めた結果を図3-3-4に示す。同図によればすべてのシナリオにおいて、輸入水素が他の燃料との競合するにはそのコストを基準価格(概念設計値)以下とすることが不可欠でり、水素価格が$10/GJ強程度となれば、COP3などにより二酸化炭素の排出抑制が必要なことを考えると、水素エネルギーが広範に導入される可能性があることが分かる。また水素価格が$20/GJ程度であっても、二酸化炭素の環境外部性として大きなコストが課されるとした場合、化石燃料が高価格の場合、原子力発電の開発容量の上限が厳しい場合などには、水素が導入される可能性のあることが明らかとなる。

(c)水素利用技術の構成と特徴

 水素タービン発電や水素自動車の特性(コストなど)が水素の需要構成に与える影響や、過渡期の技術としてのメタノールの利用可能性などについて検討を行った。
 輸入水素は、その利用が経済的となる場合には、発電用、輸送用(水素自動車)、都市ガス混入用(ハイタン)など幅広い用途に用いられている(図3-3-2参照)。
 水素需要技術にはブレークイーブン価格(通常は競合技術と同程度の値)があり、その値は競合技術の設備費用と同程度である。水素利用技術が導入されるためには設備費用がそれ以下である必要がある(図3-3-5参照)。ただし都市ガス混入のようにそのための設備投資があまり大きくない場合には、燃料価格が支配的であり、設備のブレークイーブン価格が明確でない場合もある。
 輸入水素が広く利用されるまでの過渡期に、メタノールが利用されるというシナリオも考えられる(図3-3-6参照)。同図では、想定した両燃料を用いた発電用および輸送用技術のエネルギー技術の効率の違いに起因し、発電用としては水素、輸送用としてはメタノールが利用される傾向が見られる。



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