WE−NET水素製造技術の開発

三菱重工業梶@大倉 繁


はじめに

 WE−NETは、世界各地に未利用のまま豊富に賦存する水力や太陽光等の安価な再生可能エネルギーを燃料水素に変換した後、エネルギー需要国まで長距離海上輸送して利用することにより、地球規模のでのエネルギー問題と環境問題の同時解決を図ろうとするものである。  水素は燃やすと水になる非常にクリーンな燃料であるが現在は化石燃料を原料として製造されており、環境問題や原料枯渇の心配が内在している。また我が国の水素ガスは、殆どが化学原料用で1988年の年間消費量は126億mであり、4,000億MW級水素燃料タービン発電所一カ所にて消費されうる水素量に匹敵するに過ぎない。
 従って、WE−NET計画を実現するためには、再生可能エネルギーを利用して無尽蔵に存在する水から高効率かつクリーンに大量の水素を製造する必要がある。


高効率コンパクト型水素製造技術

(1)水からの水素製造技術
 水から水素を製造する技術は、表1に示すように、電気分解法、熱化学分解法、太陽光利用法に大別される。このうち熱化学分解法及び太陽光利用法は、概してまだ基礎研究レベルのものが多く、また効率や腐食等の課題を抱えているものが多い。
 そこで次に、電気分解法を細分化して検討してみる。従来型アルカリ水電解法は商用化されているが、エネルギー効率や電流密度が低く、アルカリ腐食の課題もあるため新しい水素製造技術が期待されている。残りの高温高圧型アルカリ水電解法、固体高分子水電解法、高温水蒸気電解法を比較検討した結果、期待できるエネルギー効率が90%以上と高く、電流密度が1〜3A/cm2と高いためコンパクトで、しかも早期実現性が期待できる固体高分子水電解法を、WE−NETにおいて開発すべき水素製造技術として選定した。
(注)エネルギー効率とは外部から与えられた電気エネルギーがいかに効率よく水素製造に利用されたかを示す値であり、1.48/セル電圧(V)×電流効率(%)にて表される。ここに電流効率は98%程度である。なお、1.48Vは25℃における水の理論電解電圧と熱を含む電気分解に必要な全理論電圧(理論稼働電圧)である。また電流密度は、電極面積あたりに流れる電流値であり、一般的にはこの値が大きいほど設備はコンパクトで低コストになる。
(2)固体高分子水電解法
 固体高分子水電解法の原理を、従来型アルカリ水電解法と対比して図1に示す。水素イオンだけを通すフッ素樹脂系の薄い固体高分子電解質膜(0.1mm程度)に、反応活性に富む白金族触媒の電極を接合し、反応活性に富む白金族触媒の電極を接合し、電極と通電板の間には多孔質の給電体を挿入し給電と気液流路の役目を持たせる構造となっている。
 固体高分子膜が電解質として働くため、陽極側に純粋だけを供給すると、陽極で水が分解されて酸素が発生するとともに、同時に発生した水素イオンは固体高分子膜のイオン交換基を介して陰極に達しそこで直流電源から来た電子と結びつき水素を発生する。
 本方法の特徴としては
 @ 電極間距離がゼロに近く、電解液抵抗、発生ガス抵抗がないため、電気抵抗が低減しエネルギー効率を高くできる。
 A 給水中に発生するガス量が増加しても、純粋の強制循環により発生ガスと発生熱が除去されるとともに強電体の存在により、電気抵抗が増加しにくく、高電流密度運転が可能となり、コンパクトとなる。
 B 純粋中に電解質を混ぜる必要がないため、アルカリ等による腐食がなく、信頼性が向上するとともにシステムが簡単になる。
 C 発生した酸素と水素が混合する可能性が少なく、発生ガスの純度が高い。
 図2は固体高分子水電解法の電流−電圧特性を示したものである。セル電圧とは、理論電解電圧に膜・接触抵抗などのオーム損と電極における反応抵抗による過電圧を加えたものであり、一般的にはセル電圧が低いほど高効率な水電解が行われていることとなる。(実際は、発生ガスが膜を通してクロスリークする程度が高いと電流効率が下がり、エネルギー効率も下がる問題もある。)従ってセル電圧を下げるには膜を薄膜化したり、接触抵抗などのオーム損を下げたり、触媒活性の高い電極材料を用いるなどの方策が考えられる。


現況及び今後の課題

(1)研究内容
 図3にWE−NETの開発スケジュール案を示す。WE−NETは1993年から2020年までの28年間を3つの期間に分けて開発研究を実施する予定であり、現在は、開始から3年間で第一期の途中にあり、電極面積50p2の小型セルテストが順調に進んでいるところである。今後のスケジュールとしては、電極面積2,500p2のベンチテスト、電極面積1m2以上のパイロットプラントテストを経て、水素燃焼タービンとの結合システムテストへと進める案が検討されている。
 現在本研究には5社が参画しており、そのうち4社が各社独自型式の固体高分子水電解セルを用いて研究開発を実施している。各型式は構造、製造方法に違いがありおのおの異なる特徴を有している。
 @ 無電解メッキ法セル
 電極を膜にメッキ法にて接合する方法であり、電極の剥離が起こりにくく、接触抵抗が小さい。
 A ホットプレス法セル
 電極を膜に熱厚着により接合する方法であり、触媒種の選択幅が広く、触媒量の低減が図りやすい。
 B 多孔質焼結電極法セル
 電極を多孔質焼結体給電体に接合した後、膜にホットプレスにて接合する方法であり、電流集中が生じにくく、ガス拡散がよい。
 C ゼロギャップ法セル
 電極を給電体に担持した後、膜を挟み込んで接合する方法であり、触媒や膜の選択幅が広く、組立・分解が簡単である。
 残り1社は、従来膜より高温で使用可能な高分子膜の合成技術を開発し、固体高分子水電解の高性能化に役立てることを目標としている。
(2)研究設備
 図4は小型セル評価試験設備の系統図例を示す。純粋は右下の純粋タンクから給水温度調節用加熱器を経て小型セルに入り、直流電源からの電気によって電気分解され、水素と酸素が発生する。各発生ガスは、クーラーで冷却され気液分離器で分離された後、水素ガス、酸素ガスとして出ていく。
 また、その評価試験設備の写真を写真1に示す。左の箱が制御盤及び直流電源盤、中央の台の最上段に見える直方体状のものが小型セルである。最下段中央には純粋タンクが設置されている。
(3)研究成果
 小型セル評価試験設備を用いて実施した小型セル(電極面積50p2)の電流−電圧特性(電解特性)を図5に示す。試験条件は大気圧、80℃にて電流密度を3A/p2まで変化させて、セル電圧及び電流効率を測定した。その結果、セル電圧は1A/p2にて1.62〜1.70V、3A/p2にて1.83〜2.01Vであり、エネルギー効率は1A/p2にて84.1%以上、3A/p2にて72.8%以上であった。WE−NET最終目標値に対してはまだまだ努力が必要であるが、既存の商用アルカリ水電解法と比較すると、エネルギー効率も電流密度もはるかに高いことが明らかである。すなわち、固体高分子水電解法は、アルカリ水電解方に比し、同一のエネルギー効率で運転しようとすると10倍以上コンパクト(高電流密度)にでき、逆に同一のコンパクト性にしようとすると10ポイント以上も高いエネルギー効率で運転することが、可能であることがわかる。このことが、固体高分子水電解方の開発が期待されている所以である。
 このほかに、電解性能を向上させるために、構成部材の制作条件やセルの運転条件に関する各種要素技術試験を実施した。
 @ 電極触媒種・触媒担持量・電極接合方法の研究
 A 固体高分子膜の膜厚・性状の研究
 B 給電体構造の研究
 C セル締付圧力の研究
 D 電解温度の研究
 E 耐久性の研究
 F 高温膜合成技術の研究−電解温度を高くするにつれ電極触媒の反応活性が大きくなり、電解性能が大幅に改善される。しかし、市販の固体高分子膜は100〜150℃以上にて化学的に不安定であるため、高温(200〜300℃)にて使用可能な固体高分子膜の合成技術を開発中である。現在空気中で450℃まで熱的に安定な新しい膜の合成に成功したが、今後評価を継続する予定である。
(4)今後の課題
 商用規模の固体高分子水電解設備を想定すると、電極面積が1u以上でセル積層数が数百枚のスタックが複数系列必要である。そこで、WE−NETにおける今後の開発課題は次のようにまとめられる。
 @セル大型化
 電極面積は現状50p2であるが、最終目標(1u以上)に向けたセル大型化が課題である。セル大型化を達成するには、セル大型化に伴って顕著になる電極触媒分布の不均一、セル内部における気液二相流・熱分布・接触面圧・シール性能の不均一及び大型構成部品製造設備の問題を解決する必要がある。
 A高効率化
 エネルギー効率は、現状1A/p2にて84.1%以上、3A/p2にて72.8%以上であるが、この値をそれぞれ最終目標の90%、80%まで性能向上させるのが課題である。本高効率化を大型セルにおいても達成するには、従来以上の要素技術開発が必要である。
 B積層化
 セル積層数は、現在単セルにて評価中であり、今後積層化が課題である。
 C耐久性向上
 現在初期性能を主体に評価試験を実施し、一部短期間の耐久性試験を実施中であるが、商用化を目指すためには長期間の耐久性確認が必要である。
 図6に、WE−NETにおける固体高分子水電解技術の開発方針例を、国内外における同型式水電解技術の実績と比較して示す。WE−NETにおける開発目標が、国内外の実績に類をみない大型で高効率の水電解セルの開発であるとともに、世界的に報告例のない3A/p2という高電流密度運転も可能とすることを目指しているのがよく理解できる。


おわりに

 WE−NETの研究を開始してまだわずかに2年間程度であるが、電流密度1A/p2において約85%以上という高いエネルギー効率を達成するとともに、先例のない高電流密度3A/p2での評価試験及び4つの異なる型式の固体高分子水電解セルを用いた開発、各種要素技術の開発も実施してきた。
 WE−NETにおける水素製造技術開発の最終目標は、世界に類を見ない90%以上の高効率でかつ、1u以上の大電極面積を持ち、前例のない3A/p2の高電流密度運転も可能なセルを開発することであり、そのため今後さらなる技術開発を続け、WE−NEW構想の実現に役立てる所存である。
 なお、末筆ながら、本開発研究を支援していただいている新エネルギー・産業技術総合開発機構及びエンジニアリング振興協会の皆様に謝意を表す。