クリーンエネルギー水素の利用を目指して
(水素タービン燃焼器の開発)

村山元英 航空宇宙事業本部技術開発部 工学博士
斎藤 司 技術本部技術研究所流体・燃焼研究部
藤 秀実 航空宇宙事業本部技術開発部 課長 博士(工学)
安 昭八 航空宇宙事業本部技術開発部 課長 工学博士


【英文抄録】
An Initial Model of Hydrogen Turbine Combustor for WE-NET Program
MURAYAMA Motohide, SAITO Tsukasa,
TOH Hidemi, YASU Shohachi
A hydrogen-combustion turbine system is needed for clean power generation with high efficiency in the future. In the WE-NET program promoted by Ministry of International Trade and Industry, we are conducting research about a hydrogen combustor for this turbine system. The critical design conditions are hydrogen/oxygen stoichiometric combustion and 1,700°C at the combustor outlet. An initial sector model of an annular combustor was developed and confirmed basic performances by tests under the atmospheric conditions.
In addition, a continuous gas analysis system which analyzes hydrogen and oxygen concentrations in steam was developed for combustion control to minimize residual reactants.
Ishikawajima-Harima Engineering Review November 1998
Vol. 38 No. 6 pp. -

【和文抄録】

 地球温暖化、大気汚染などの環境問題、資源問題に対応するために、水素燃焼タービンを用いるエネルギーシステムが将来必ず重要になると考えられる。当社は、通商産業省ニューサンシャイン計画の一環として、当タービンの燃焼器開発を行っている。本燃焼器は高効率化のために水素・酸素を量論比で燃焼させ、出口温度は1,700℃に達する。アニュラ型燃焼器のセクタモデルによって開発検討を行い、性能達成の見通しを得た。また、当燃焼器の排気ガス水蒸気中の残存ガス濃度を連続計測する装置を、新たに開発した。

石川島播磨技報 第38巻第6号(375頁 − 379頁) 平成10年11月
キーワード: 水素燃焼、ガスタービン、発電システム、クローズドサイクル、量論比燃焼、 残存不凝縮ガス、連続分析

1.緒 言

 地球温暖化、大気汚染などの環境問題、資源問題に対応するために、再生可能な水素を利用したCO2フリー、かつクリーンなエネルギーシステムが将来必ず、重要になると考えられる。当社は、通商産業省ニューサンシャイン計画の一環として、WE-NET(World Energy Network)計画で開発が進められている水素タービンシステムの燃焼器開発を行っている(1)。本燃焼器の特徴は、高効率化のために水素・酸素を量論比で燃焼させ、出口温度は1,700℃に達することである。
 第1図に、水素燃焼タービンシステムの一例を示す。対象とするシステムは、Graz大学で検討されたもの(2)を基にしており、水蒸気を作動ガスとする、ブレイトン−ランキン複合サイクルである。燃焼器では水蒸気中に燃焼生成物が全て水蒸気となる様、量論比で水素・酸素を噴射し燃焼させ、高温高圧水蒸気を生成する。高圧タービンで仕事をした後、水蒸気の一部は熱交換器を介して圧縮機に戻されるクローズドサイクルとなっている。高圧タービンを出た残りの水蒸気は、低圧タービンにて減圧状態まで膨張仕事をした後、復水器により凝縮し、燃焼による増加分が排水される。さらに残りの水はポンプにて昇圧し、熱交換器で蒸気となって高高圧タービンに導入される。
 当プロジェクトは、現在基礎試験段階であり、燃焼器に対する仕様は以下の通りである。
  • 入口水蒸気温度:350℃
  • 入口圧力:2.5MPa
  • 出口温度:1,700℃
  • 水素・酸素量論比燃焼(水素/酸素体積流量比:2/1)
  • 50MW級ガスタービン燃焼器の1/10セクタ
 当燃焼器において重要となるのは、排ガス水蒸気中に不凝縮ガスとなる残存水素・酸素が多く含まれる場合には、低圧復水部に減圧ポンプを付設する必要があり、システム全体の効率を下げることになるため、残存ガス濃度を如何に抑制するかと云う点である。燃焼器出口は高温であるため、水蒸気の解離により水素・酸素の平衡濃度は常圧で約0.5%、2.5MPaでは約0.2%存在するが、理想的にはこの平衡濃度レベルまで下げることが望まれる。また、最近の実用化されている航空エンジンと比べても出口温度で約 200℃高く、高温化しているため、耐久性のある燃焼器ライナ冷却構造を開発する必要がある。

2.燃焼器基本構造

 以上の要求を満たすための概念検討を行い、次の基本構造を定めた。
  1. アニュラー型燃焼器
    カン型と比べコンパクトであり、被冷却面積が小さいため、冷却に有利である。
  2. 酸素の水蒸気による予混合希釈
    燃焼室上流で酸素を水蒸気の一部と予混合希釈し、酸素ガスによる金属燃焼と高温酸化を防止する。また、純水素・酸素火炎では局所的なガス温度が3,000℃を超えるが、希釈により燃焼領域の温度を抑制することにより、耐久性を確保し、燃焼器出口での温度分布の均一化を図る。
  3. 二重壁構造燃焼器
 外壁は強度保持部、内壁はヒートシールドとし、信頼性を向上させる。冷却方式は冷却効率の高い、フィルム冷却とインピンジ冷却を併用する。

3.セクタモデル燃焼器

 燃焼器基本性能を実証するために、円環状のアニュラ型燃焼器を分割した形態のセクタモデル燃焼器を設計・製作した。第2図にセクタモデル詳細を示す。本燃焼器は初期モデルとして簡略化のために、主流流路断面形状が扇型ではなく、箱型のモデルを設計した。水素・酸素ノズルは2本、並列に配置されている。酸素はスワーラ上流で水蒸気中に噴射され、酸素/水蒸気予混合ガスの旋回流を形成する。水素は旋回流中に噴射され、安定燃焼を行う。混合促進のため、水素は多数の噴孔より噴射される。燃焼器壁は二重であり、内壁はヒートシールドとして、強度を保持する外壁の温度上昇を防ぐ構造となっているため、信頼性が優れる。また、冷却は水蒸気の噴流衝突により熱伝達を促進するインピンジ冷却と、内壁内面を冷却水蒸気で覆うフィルム冷却の併用である。

4.連続ガス分析装置

 残存ガス濃度のモニターによる、残存ガス最小化のフィードバック制御に用いるため、排ガス水蒸気中の水素・酸素濃度を連続計測する装置を開発した。第3図に本装置の系統図を示す。一般のガスセンサでは、結露を避けるため、サンプルガスの前処理として水分除去を行うが、本燃焼器の排ガス主成分は水蒸気であり、単に水分除去を行うと水素・酸素のみが残るため、それらの濃度が求められない。そこで本装置では、窒素ガスを添加した後、水分除去することにより、連続的な濃度計測を可能とした。

5. 基本性能評価試験

5.1 試験条件
 大気圧において、温度、流速条件を設定仕様に合わせ、当燃焼器性能を評価する試験を行った。
  • 入口水蒸気温度:350±10℃
  • 入口圧力:0.1〜0.12MPa
  • 出口温度1,000〜1,700℃(定格)
  • 水素、酸素流量:量論比近傍
 第4図に試験装置全体図を示す。水素ノズルは、第1表に示す2種類について供試した。

5.2 試験結果

  1. 着火性
     水素ノズルA,Bとも、水素・酸素流量が十分に小さい条件において、スムーズに着火できることを確認した。

  2. 燃焼器出口ガス温度
     燃焼器出口の8点で、ガス温度計測を行った。第2表に計測結果を示す。ノズルAでは燃焼温度が高い条件で、燃焼器出口でのガス温度分布の偏りが増大し、著しく高温となる部分が現れた。一方、ノズルBでは温度分布の偏りが抑えられており、適正な燃焼状態が実現できたものと考えられる。従って、以下の試験ではノズルBを用いて実施した。

  3. 燃焼器壁温
     第5図にライナ内壁温度を示す。また、参考のためにライナ外壁温度を、円で囲み共に示す。定格近い温度条件において、内壁温度は上面計測点3、4が高温になるものの、概ね600℃であり良好である。高温部分については冷却孔位置等の調整により改善できる見通しである。外壁温度については400℃以下であり、強度上問題ない。なお、2.5MPa条件では、壁温上昇は約200℃であり、内壁温度は800℃レベルと推算される。これは許容範囲内であり、十分に耐久性を満足している。

  4. 残存ガス濃度
     第6図に残存水素・酸素濃度を示す。なお、当試験は量 論比(当量比1)の近傍について計測しているが、水素・酸素流量の計測精度から、当量比の値には4%程度の誤差が見込まれる。そこで、量論比近傍の残存ガス濃度として、残存水素・酸素曲線の交点の値を目安とし、図中に各温度条件の交点を○で示した。これらは、定格温度よりも低く燃焼性が低下した条件であるにも拘らず、定格温度条件の平衡濃度に近い値である。従って、定格温度条件においても同程度に抑えられるものと考えられる。
5.3 連続ガス分析装置応答性
 第7図に当分析装置の応答性を計測した結果を示す。この例では、燃焼条件を変えてからおよそ30秒で、定常状態に達している。応答時間の内訳は、サンプルガス配管、凝縮器での滞留時間10秒、センサの応答特性時間15秒、その他は水素・酸素供給系の流量変動の影響によるものである。

6.結 言

 水素燃焼タービンの燃焼器開発を行い、セクタモデルにおいて大気圧での燃焼試験により、基本性能について以下の見通しを得た。
  1. 着火性
    スムーズな着火が可能である。
  2. 燃焼器壁温
    大気圧下で内壁温度は600℃レベルであり、高圧条件においても耐久性を満足できる見込みである。
  3. 残存ガス濃度
 定格温度条件の平衡濃度に近い値にまで抑制できる見通しを得た。
 また、排ガス水蒸気中の水素・酸素濃度を連続計測する装置を開発し、正常に作動することを確認した。
 さらに、平成10年度に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の評価試験設備において、2.5MPa高圧燃焼試験を実施し、性能実証を行う予定である。

謝 辞

 本研究は、通商産業省ニューサンシャイン計画の一部であり、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)及び(財)電力中央研究所からの委託研究として行われた。関係各位から、多くのご助言とご協力を頂いたことを深く感謝する。


参 考 文 献
  1. M. Murayama et al. : Research and development of an initial model of hydrogen turbine combustor for WE-NET project in Japan 12th World Hydrogen Energy Confer- ence (1998.6)
  2. H. Jericha et al. : Towards a Solar-Hydrogen System ASME COGENTURBO IGTI Vol. 6 (1991)