各サブタスクの平成6年度の成果概要


5.2 液体水素輸送タンカーの開発

平成5年度の研究では、

 (1) 液体水素の物性値(性質)調査
 (2) タンク材、防熱材、支持材の材料データ調査
 (3) LNG船、陸上水素タンク等の現状技術調査
 (4) 液体水素輸送タンカーの技術課題の検討
 (5) 関連文献調査

を行い、基本計画の主要条件を整理するとともに、問題点を抽出した。
 今年度は、昨年に引き続き、関連文献調査を行うとともに、具体的な試設計を実施し、液体水素輸送タンカーの技術的課題をより具体的に明確にすることを目的とし、以下の研究を実施した。

5.2.1 基本要求仕様の検討

 試設計の対象とする要求基本仕様を決定し、その根拠を明確にした。

(1) 貨物タンク容積
 100万kWの発電所を稼働させるのに必要な液体水素量を1,200t/日とし、タンカーの航海日数は往復20日で、2隻で10日毎に揚荷するとし蒸発ロスを考慮して14,000t/隻=200,000m3/隻とする。

(2) 貨物タンク数
 航海時の船のバランス等の配置要素、配管設備等の艤装要素と損傷時の安定性等を考慮して、球形タンクの場合は4基、角形タンクの場合は2基搭載を設定する。

(3) 船型
 要求船速を考慮すると従来のLNG船と同様な単胴船で対応できる領域であるが、積荷が軽い液体水素であるので、大貨物容量、小排水量の船型が要求される。したがって、この要求を満たす双胴船とLNG船延長技術の単胴船の2タイプについて検討を行う。

(4) 航続距離
 積荷地未定のため、ほとんどの航路を網羅できる6,000海里を設定する。

(5) 船速
 6,000海里を10日航行であるので、20〜25ノットを想定する。

(6) ボイルオフレート(BOR)
 ボイルオフガス(BOG)を主機関燃料として使用することを前提にBORを設定する。主機馬力を10万馬力程度とし、100%BOGで賄うと1%/日まで許容できるが、航海中に10%の積荷を失うことになり、輸送効率が悪い。したがって、ガス焚き比率をLNG船なみの20〜40%とし、BORは0.2〜0.4%/日に設定する。

(7) 液体水素(LH2)の基本物性値
 検討のために使用する液体水素の基本物性値をLNG(メタン)と比較して表5-2-1に示す。

5.2.2 要素技術の検討

 LNG船の技術をべースに、各要素技術について検討を行い、その課題及び研究方法を明確にした。

(1) 船型と馬力推定
 船型を単胴船とした場合、液体水素船は貨物が軽いのでLNG船よりも浅喫水の船型になる。貨物重量のみでは6m程度の喫水であるので、推進機水没度を考慮すると多軸船型とする必要がある。しかし、バラスト水を張る事により喫水を深めて単軸船型とする事も可能である。また、喫水を深めて風圧面積を小さくする事も必要である。
 双胴船の場合は、甲板上に貨物タンクを配置でき排水量も小さいので、喫水の浅深には自由度が大きい。推進機は多軸となるので、船型と推進機の最適比が検討課題である。また、バラスト水を張る必要がないので、推進性能上、有利と考えられるが、類似の大型船の例が無いので、諸要素の決定には十分な検討を要す。
 馬力の推定については、船体抵抗を推定して算出する方法と、水槽試験にて船体抵抗を計測して算出する方法がある。単胴船の場合はLNG船より推定するのが効果的な方法となる。

(2) 安定性、操縦性の確保
 液体水素タンカーは貨物比重が非常に軽く、幅広船型となるので、インタクトや損傷時の安定性は間題とならないが、メタセンタ高さが過大となるので、タンク強度や乗り心地の面からの検討を要す。
 操縦性については、風圧抵抗を考慮した最適舵面積を設定する事が必要である。単胴船は浅喫水のため、舵面積の増加に対しては複数舵や特殊舵併用等の配慮が必要となる。また、低速時の強風下操船性能についても十分な検討が必要である。

(3) 一般配置計画
 一般配置計画は以下の手順にて行う。

  1. 貨物格納設備の概念を固め、概略形状・寸法を割り出して全体的にレイアウトし、ホールド長さや幅を予備的に設定する。

  2. 格納設備の前方に推進抵抗性能を考慮した長さの船首部を配置し、船尾側には推進機関等を収め得る長さと広さの機関室を配置し、さらに後方に推進装置を設ける事で概略構想を作成する。

  3. 船の長さ(L)/幅(B)比、幅(B)/深さ(D)比と長さ(L)/深さ(D)比は、それぞれ推進所要馬力、復元性能と縦強度の指標となるので第1次チェックを行う。

  4. 軽荷重量と載荷重量から排水量を推算し、船速に見合った船型を想定して、船の長さ・幅から喫水を求める。

  5. 衝突を考慮して貨物格納設備は船側から適切な距離をおいて配置し、衝突吸収エネルギーが大きくとれるよう構造体に保護されるようにする。

  6. 居住設備、水素ハンドリング設備、燃料とバラストタンク、係船設備等をバランスよく配置し、全体のレイアウトを整える。
(4) 船体の構造設計
 液体水素輸送タンカーのように、特殊、大型、高速の三要素からなる船型の構造設計技術は、現在、確立されたものはない。船舶の構造設計は縦強度、横強度、局部強度の検討を行うが、通常船と異なって船級協会規則に定める手法以外に、設計荷重等は水槽試験によって求める必要がある。

(5) 主機関の選定
 液体水素の蒸発ガスを燃料として使用し、さらに重油との混焼可能な方式として次の3つの方式に関し特性の比較を行った。また、水素燃焼ボイラ/蒸気タービン駆動方式に関し、機関室のレイアウトを行った。

  • 水素燃焼ボイラ/蒸気タービン駆動方式
  • 水素燃焼ガスタービン方式
  • 水素燃焼デイーゼル方式
(6) タンク設計
  1. タンク材料としてA5083−OとSUS304シリーズについて材料特性の調査を行った。

    • 両材料共、引張強度は温度の低下とともに漸増する傾向にあるが、伸びに関しては、アルミニウムは温度の低下とともに若干上昇するが、ステンレス鋼は若干低下する傾向にある。
    • 高張力鋼等は低温下で水素脆化が著しいが、アルミニウムやオーステナイト系ステンレス鋼は脆化の影響をほとんど受けない事が報告されている。また、水素は液体水素温度付近では金属材料の透過はほとんど問題がないといわれている。
    • アルミニウムについては疲労亀裂伝播速度は低温下(−196℃)では低下する事が知られている。また、常温高圧水素中(4MPa)ではステンレス鋼の疲労強度が低下することが知られている。液体水素中の疲労特性は今後の解明を必要とする。
    • アルミニウムはCl-にて、またステンレス鋼も高温あるいは湿潤環境下で腐食するが、防食対策は確立されており、低温下使用では問題はない。

  2. LNG船の自立型タンクの設計に用いるIGCコードは“Leak Before Fai1ure”という概念の上に成立しており、液体水素の場合においてもLNG船の設計法をべースに概念設計を試みることとした。すなわち、以下によって安全性と信頼性を保証する必要がある。

    • 徹底した疲労破壊解析によるタンクの健全性の証明
    • 発生したクラックの進展量とそこからのリーク液の量が少ない事の証明
    • リークした液を安全に処置できる設備の設置

  3. LNG船に比べて熱収縮が大きくなるので、溶接部の疲労強度をとくに注意する必要があり、溶接方法をはじめとした加工方法の検討が必要になる。
(7) タンク支持法
  1. 球形タンク
     支持構造の要件はタンクの熱変形を拘束することなくタンクを船体に有効に固着する事にある。円筒形スカートで支持する方法では、モス方式のLNG船で十分な実績がある。液体水素ではこの円筒形スカートからの熱侵入が問題になれば、スカートの途中に低熱伝導ステンレスを使用することも可能である。  ハンガーロッドにてインナースキンを吊り下げる方法では、貨物タンクとロッドの連結構造や侵入熱等について技術的課題が多い。

  2. 角形タンク
     LNG船では船底に置かれた支持台の上にタンクを設置しており、タンクが熱収縮しても支持台上で水平移動は拘束されない構造になっている。液体水素の場合は熱収縮量が大きくなるだけであり、基本的には同様の方式になろう。
(8) タンク断熱法
 液体水素はLNGに比べて10倍蒸発し易いので、同等の蒸発損失レベルを得るには断熱材の熱伝導率を1桁小さいものを使用するか、断熱層厚さを10倍にしなければならない。断熱性能を向上させるには、液体窒素冷却した断熱シールドを断熱層の中間に設置すると蒸発ロスは1/5になる。液体窒素の替わりにヘリウムや水素を用いると効果はより大きい。既存の陸上液体水素貯蔵用球形タンクではパーライト真空断熱法が用いられているが、振動や熱サイクルによる充填率の増加が問題となる。多層断熱材は断熱効果は最も優れているが、高真空空間が必要である。
 液体水素タンカー搭載のタンク構造の断熱構造案を図5-2-1に示す。この構造で目標BOR(0.2〜0.4%/日)を得ようとすれば断熱層厚さは数10〜100cm程度となり実用上の問題はない。

5.2.3 試設計

 試設計の結果として、タンクシステム毎の概略一般配置図、中央断面図を作成した。単胴船の場合の球形方式と角形方式の概略一般配置図および中央断面図を図5-2-2図5-2-3に示す。

5.2.4 まとめと課題

以上の検討結果をまとめると、次の通りになる。

(1) 船の一般的要素技術(配置計画、安定性、船体構造等)に関しては、現有技術の延長線上の技術を適用できるとの認識を得た。

(2) タンク設計に対する安全性確保のための基本的な考え方を明確にした。
 今後は、タンクを含む液体水素タンカーの設計思想を確立する必要があることを確認した。

(3) タンク断熱法に関し、たとえば断熱性能は、LNGタンクの10倍の断熱性能が必要になるなど現有技術を超える新しい技術開発が必要であることの確認ができた。
 また、本年度は、断熱方法として具体的に、パネル断熱+真空スペース方式、断熱材(PUF等)+ガス方式を提案した。

(4) タンク支持方法は、基本的にLNG船と同じ方式が適用可能であるとの認識を得た。しかし、侵入熱への影響、熱収縮対策、断熱材との接合部の詳細等に関しては、今後の重要課題の一つであることを確認した。

(5) ドーム構造は、基本的にLNG船と同じ方式が適用可能であるとの認識を得たが、今後、極低温の影響等、詳細な検討が必要になることを確認した。

(6) その他、水素燃料を利用した主機の開発、タンク材料、共通機器の開発等は、他サブタスク、他分野の成果を取り込む必要があることを確認した。
 また、検討の結果、出て来た課題を表5-2-2に整理した。



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