各サブタスクの平成6年度の成果概要


6.サブタスク6 低温材料技術の開発

6.1 研究開発目標

 本研究開発は、主に液体水素の液化、輸送、貯蔵構造物に使用される低温材料の研究開発が主題であり、液体水素条件で使用できる構造材料とその適正溶接法を開発するととともに、水素輸送・貯蔵技術の開発に関する材料側からの要求条件をきめることを目標としている。
 本年度は、液体水素の貯蔵タンクや輸送タンカーなどに適用される可能性のある既存材料として、液体He温度での使用実績の多い2種類のオーステナイト(γ)系ステンレス鋼、SUS304LおよびSUS316Lと、LNGタンカーで使用実績のある非熱処理型のアルミニウム合金A5083を選定し、溶接継手を作成し、液体He温度中(4K)および室温で各種の機械試験を実施した。また、水素チャージにより水素含有量を大幅に増やした母材ならびに溶接金属について、4Kおよび室温で上記と同様の試験を実施し、水素脆化感受性を評価した。さらに、室温水素ガス中における引張試験および疲労試験も実施し、両特性に及ぼす水素の影響を検討した。
 供試材は各合金の厚板(25mmt)で、ステンレス鋼はTlG(Tungsten Inert−Gas arcwe1ding)で、アルミ合金はM1G(Metal Inert-Gas arc welding)でそれぞれ溶接継手を作製し、母材および溶接継手部から各試験片を採取した。水素チャージは、高温高圧水素ガス雰囲気で行った(チャージ後の水素量:ステンレス鋼は約30ppm、アルミ合金は約0.08ppm)。各試験における成果の概要は以下の通りである。

6.2 母材及び溶接部の低温脆性について

 水素チャージなし材の各試験結果を母材の室温の試験結果と比較したものを表6-1に示す。

6.2.1 引張特性

 ステンレス鋼(SUS304L,SUS316L)の母材の試験結果は従来データとほぼ同等である。4Kでは母材および溶接金属とも引張強さが常温の3倍近く高くなる反面、伸び、絞りはやや低下する傾向にある。しかし、特に脆化の著しいSUS316Lの溶接金属でも4Kでの伸びが20%以上あること、破壊は全て延性的であることから、極低温域での使用について特に問題とは認められなかった。また、A5083では4Kでの継手部の伸びが母材の伸びと比較して約60%低下した。しかしこれ以外は、従来のデータにほぼ近い値であった。

6.2.2 シャルピー衝撃特性

  1. SUS304L溶接部の脆化は温度にかかわらず特に認められない。また、低温脆化は程度には差があるがどの位置でも生じており、特に4Kの溶接金属で顕著である。

  2. SUS316L母材および溶接金属では4Kの吸収エネルギーの低下が顕著に認められ、特に溶接金属では85%も低下する。溶接金属の破面にはδフェライト相に対応したものが認められ、溶接金属の低温脆化にδフェライトの生成が関与していると思われた。

  3. A5083母材の室温での吸収エネルギーは約36Jで、4Kでは約半分に低下した。溶接金属は4Kでは5.5Jと非常に佳い値であったが、本実験の室温(19.2J)が従来データより低いことから、今回の溶接部の健全性に問題があった可能性がある。
6.2.3 破壊靭性

 SUS316LおよびA5083の極低温の破壊靭性(KIC)を評価した。KICは除荷コンプライアンス法により求めたJICから換算した。
 SUS316Lの母材のKICは優れた値を示した。また、溶接金属は常温では高い値を示したが、4Kでは著しく低下した。破面および破面近傍の組織観察結果から、亀裂がδフェライトに沿っており、4Kにおける溶接金属のKICの低下は、δフェライトによるものであると考えられた。A5083合金の母材の靭性は、4Kでも室温とほぼ同じであり脆化は認められなかった。一方、溶接金属の靭性値は室温では母材の約75%であり、4Kでは室温の約50%に低下した。

6.3 母材及び溶接部の水素胞化について

 表6-2は、水素脆化感受性に関し水素チャージ前と後の各特性値を比較した結果である。

6.3.1 引張特性

 ステンレス鋼の水素チャージ材は室温域において延性の低下が認められるほか、4Kでは溶接金属の破面の一部に擬へき開破壊面が現われ、延性が大きく低下した。これらの結果はステンレス鋼のオーステナイト相の安定性、溶接金属中のフェライト量などの影響によるものと考えられる。A5083では、水素チャージ処理による特性変化は母材ではわずかであった。しかし、継手、溶接金属では4Kで引張強さと伸びの低下が生じた。4Kでの引張強さの低下量が大きいことと水素チャージなし継手材の伸び自体が小さいことから、両者の水素チャージ後の値は実用的には注意を要する値となった。

6.3.2 シャルピー衝撃特性

  1. SUS304L室温では母材、溶接金属とも水素チャージによる吸収エネルギーの顕著な低下は認められなかった。4Kでは特に溶接金属の吸収エネルギーが水素チャージによりチャージ前の約34%にまで低下し、最低値(56J)となった、この脆化には溶接金属中のδフェライト量と水素量が関係していると考えられた。

  2. SUS316L母材の水素チャージによる影響は室温では認められず、4Kでも吸収エネルギーの低下は約15%と水素チャージによる影響は小さかった。一方、溶接金属では吸収エネルギーは50%程度も低下する。

  3. A5083水素チャージ材の試験では室温では特性値の低下が認められなかった。また、4Kでは水素チャージの影響の有無を明確に確認できなかった。
6.3.3 破壊靭性

 SUS316L鋼のKICに及ぼす水素チャージの影響は、母材では小さく、溶接金属では顕著であった。溶接金属では水素チャージによりδフェライトとオーステナイトの界面での亀裂が頻繁に認められ、これが脆化の原因と考えられた。A5083では、明瞭な水素の影響は認められなかった。なお、A5083ではKICは引張試験の絞り値と良い相関が認められた。

6.3.4 疲労特性

 水素チャージした試験片を用いて、室温大気中での低サイクル疲労試験を実施した。
 SUS304Lでは、母材において水素チャージによる疲労特性の低下が認められる。溶接金属では破面観察からは劣化が予想されるが、疲労寿命のデータからは明確な差が認められず、今後の検討が必要である。SUS316Lでは、水素チャージ材では母材、溶接金属ともにδ相と思われる部分でへき開的破面が観察されたが、量的には少なく、疲労特性への水素チャージの影響は少ないと思われる。A5083では水素チャージの影響は認められなかった。

6.4 水素ガス中での引張および疲労特性

 SUS304L、SUS316L、A5083の高圧水素ガス中およびアルゴンガス中(比較)における引張試験および疲労試験を行い、引張および疲労特性に及ぼす水素ガスの影響について検討した。

  1. 引張特性SUS304L、316Lでは、水素によって伸び・絞りが大きく低下した。またSUS034Lでは引張強さも大きく低下した。両鋼とも、破面形態に水素の影響が認められ、アルゴン中では基地およびδ相共にディンプル破面であったが、水素中ではマトリックスは擬へき開破面、δ相はへき開破面であった。溶接金属より母材にたいする水素の影響が大きかった。A5083では、母材および溶接金属の引張特性に水素の影響は認められず、破面もともにディンプル破面で差異は認められなかった。

  2. 疲労特性SUS304Lでは、水素によって破断までの繰返し数は大きく低下した。破面形態に水素の影響が認められ、水素中ではマトリックスは擬へき開破面、δ相はへき開破面であった。溶接金属に較べて母材に対する水素の影響が大きかった。SUS316Lでは、母材および溶接金属とも差異は認められなかった。しかし、疲労破面に水素の影響が少し認められ、δ相でへき開破面が認められた。A5083では、母材および溶接金属とも破断までの繰返し数には水素の影響は認められず、疲労破面もともにストライエーション破面で大きな差異は認められなかった。以上の結果から、疲労寿命の水素脆化感受性はSUS304L>SUS316L>A5083の順に小さくなると思われた。
6.5 調査研究

 国内外の液体水素関連設備および極低温試験装置の実地調査を行い、低温構造材の適用状況の調査および極低温域での材料評価試験に伴う技術的な問題点の摘出を行った。また、極低温材、極低温試験装置に関する文献調査を前年度に引き続き実施し、従来の技術レベルの把握を行った。

6.6 まとめ及び課題

 以上のように、今年度は既存候補材の極低温域における溶接部特性、水素脆化特性という液体水素雰囲気で使用される構造材に特に要求される特性に関し、基礎的でかつ系統的な評価を実施することで、今後の構造用材料評価の研究開発指針を得ることができた。平成7年度以降は、既存材料及び溶接部に関する試験データの取得を継続するとともに、液体水素雰囲気で使用できる材料試験装置を導入し、既存材料及び溶接部について評価する予定である。



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