各サブタスクの平成8年度の成果概要


4.サブタスク4 水素製造技術の開発

4.1 研究開発目標

 本研究は、平成5年度から実施されている「水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術(WE−NET)」において、従来の水素製造法に比べ、高効率化・低コスト化が期待出来る固体高分子電解質水電解法による水素製造技術の確立を目指すものである。
 これまでの研究では、種々の触媒電極製造法に基づく水電解セルの高性能化のための要素技術開発および高温固体高分子電解質の合成技術の開発を行ってきた。
 平成8年度の研究で は、小型ラボセルによる電解性能の向上のための要素技術開発、耐久性試験に加えて、中型ラボセルによる大型化技術の検討にも着手した。また、これまで取組んできた水素製造法4方式の性能及び将来性を比較検討し、その結果、今後は2方式に絞り大型化(電極面積2,500cm2)に取組む予定である。
 更に、高温固体高分子電解質の研究開発では、数種類の高分子電解質を合成し、その特性評価を実施した。

4.2 平成8年度の研究開発成果

4.2.1 アルカリ水電解槽の化学工学

 WE−NETのサブタスク4では固体高分子電解質を用いた水電解法(固体高分子電解質水電解法)を開発中であるが、この開発をより効率的に加速させるため、公開された文献を中心にした文献調査を実施した。平成8年度は工業的に実施されており、技術的に固体高分子電解質水電解法とかなり共通点の多いアルカリ水電解技術を取り上げ、これを電解槽工学の立場より調べることを目的とした。項目は大きく材料に関することと、電解槽に関することに分類し、材料については構造材料、陽極材料、陰極材料、隔膜材料について調査した。また、電解槽については電圧特性、電解質の電気伝導度、電解槽の設計、漏洩電流、エネルギー収支、高温操作などについて調査した。これらの内容を特性と耐久性の両面から評価検討した。収集し、引用した文献は191件である。
 アルカリ水電解は工業的に古くから実施されているが、技術的にも改良が重ねられつつあり、進歩しつつある。特に近年は陰極、隔膜材料について先進材料が取り入れられつつある。これにより、エネルギー効率、耐久性の向上が図られている。アルカリ水電解で最も重要な点は経済性であり、この点から最先端の効果な材料よりも、やや性能は落ちるが、安価な材料が適している場合があることを示した。

4.2.2 無電解メッキ法による要素技術の開発

 平成8年度の研究では、膜電極接合体の製造方法の改良による固体高分子電解質水電解法の性能向上、耐久性の評価および大型化・積層化に関する実験検討を実施した。

(1) 小型セル性能向上試験

  • 予め多孔質化した固体高分子電解質膜の両面に接合する表面多孔質化法について検討した結果、電解性能は著しく向上した。電解温度80℃、大気圧条件下でのエネルギー効率は電流密度1A/cm2で92%、3A/cm2で84%が得られ、WE−NETの第T期の目標をクリアした(図4−1)。
  • 従来のブラスト表面粗化では損傷が大きく膜電極接合体が製作できなかった膜厚50 μmレベルの固体高分子電解質膜でも表面粗化が可能であり、表面多孔質化法の有効性が示された。
  • 触媒担持量は陽極、陰極ともに4mg/cm2が適正であり、触媒としてはイリジウム、白金が優れることを確認した。ルテニウムは初期の活性には最も優れるが、耐久性に劣ることが判明した。
  • 給電体表面性状の改良及び表面処理の検討を行い、貴金属コーティングした繊維焼結体を用いることによりセル電圧が低減することを確認した。
  • 高温・高圧下での電解評価試験を実施し、電解温度を高めることによりさらにエネルギー効率が向上することを確認した。
(2) 耐久性の検討
  • 平成7年度製作した小型セル耐久性評価装置を10ata、130℃までの試験ができるように改造した。
  • 表面多孔質化+無電解メッキ法の開発により、平成7年度に比べて格段に耐久性は向上した。
(3) 大型化、積層化の検討
  • 表面多孔質化+無電解メッキ法により製作した200cm2膜電極接合体の電解性能を評価し、50cm2膜電極接合体と同等の性能が得れること、積層化しても性能低下はないことを確認した。
  • 次年度以降実施する大型化の検討に反映させるため膜電極接合体の製造工程、給電体・複極板の機能について検討し、問題点、対策について整理した。
4.2.3 ホットプレス法による要素技術の開発

 電解特性の一層の向上を図り、耐久性及び大型化についての技術の確立を目的として本開発を実施し、次の成果を得た。

(1) 膜電極接合体の構成製作技術の研究
 EW1000、厚さ51μmのイオン交換膜を電解質膜とする膜電極接合体の電極の最適な構成を明らかとした。
 このセルの80℃、大気圧下での電解特性は図4−2に示す通りであり電流密度1A/cm2でエネルギー効率95.3%であった。

最適な電極構成
 触 媒担持量
mg/cm2
フッ素樹脂
添加率
イオン交換樹脂
添加率
陽極IrO23.010wt%40wt%
陰極Pt黒0.510wt%30wt%

(2) 各種イオン交換膜のホットプレス温度の検討
 EW (Equivalent Weight)と厚さの異なる6種のイオン交換膜について電極接合に適するホットプレス温度は少なくとも140℃以上であることが明らかとなった。
 たとえばEW1100、厚さ51μmのイオン交換膜については100℃及び180℃で接合した場合、80℃、大気圧下での特性は表4−1の通りで180℃が優れていた。

(3) 各種触媒種の検討

 RuO2(高比表面積品)とRuO2(低比表面積品)はIrO2より電解特性が優れていることが確認できた。特に前者は80℃、大気圧下での電解で、電流密度1A/cm2の場合、セル電圧1.469V、エネルギー効率99.2%で極めて特性が高かったが、寿命は約100時間で短く改良を要することが明らかとなった。

(4) 電解槽の構成技術の研究
 陽極用チタン繊維焼結板に白金メッキ、陰極用ステンレス繊維焼結板には金メッキすることにより損失電圧を小さくでき、例えば電流密度1A/cm2 、圧着圧10kg/cm2では、それぞれ1.9mVと2.0mVであった。
 給水、ガス排出用セルフレームの通水溝は50cm2セルでは24mm間隔に3本あれば十分であり、これより少ないと温度を一定に保つのが困難であった。
 また、チタン繊維接合体の突起や、表面のくぼみが膜電極接合体を損傷することが分かったので、表面を平滑にすることによって損傷を防止した。

(5) 大型化技術の検討
 50cm2ラボセルと同レベルの特性の200cm2スタック(5セル)試作できた。また、電極面積2500cm2膜電極接合体を試作し、切り出し試料を評価したところばらつきは小さく、50cm2ラボセルの場合と同じ製法がとれることが確認できた。

(6) ライフテストによる耐久性の確認
 膜電極接合体の損傷を防ぐように給電体と圧着圧を改良したセルについて4864時間まで耐久性を確認した。

4.2.4 多孔質焼結体電極法による要素技術の開発

 金属多孔質焼結体の表面に、触媒粉末とイオン交換樹脂分散溶液の混合物を担持した構造の多孔質電極を用いた水電解技術について下記の成果を得た。

(1) 多孔質電極の研究

  1. 電極平滑化技術の開発
    電極表面の平滑化を実施し、固体高分子電解質の膜厚が50μmと薄いものであっても電極による機械的損傷なく使用できることを確認した。また、平滑化の効果をガス透過率の測定で評価した。
  2. 触媒担持量低減技術の開発
    触媒担持量の低減について前年度に引続き検討を行い、触媒担持量を2〜4g/cm2にする技術を開発した。
  3. 複合酸化物触媒の開発
    RuO2とIrO2を複合化した性能の良い陽極触媒を開発した。
  4. 多孔質電極の耐久性の検討
    Ptメッキしたアルミ粉を用いて触媒担持量を低減した電極、及びRuO2とIrO2を複合化した触媒電極の耐久性試験を行った。どちらの電極も安定な槽電圧を示している。
    2000時間の水電解実験後(電解温度50℃、電流密度3A/cm2)の電極(Ti焼結体)の水素含有量は、陽極側では50ppmで電解前の含有量と変化が無く、陰極側では100〜150ppm程度で脆化傾向は認められなかった。
(2) 水電解システムの検討
  1. 電解槽の特性調査
    電解質膜に微量のPtをメッキしてガス純度を向上させる技術を開発した。平滑化した多孔質電極を用いることにより50μm厚の固体高分子電解質膜を用いることを可能にし、これらによって電流密度3A/cm2でエネルギー効率80%以上を達成した。
  2. 電解槽の積層化
    50cm2及び200cm2水電解槽の積層化を行い、積層可能なことを確認した。5層積層した 50cm2水電解槽では、エネルギー効率は電流密度1A/cm2で91.5%、3A/cm2で85%であった。200cm2水電解槽でも3層での水電解で、単層で試験した場合と同等のエネルギー効率が得られた。
  3. 50cm2水電解長期電解試験
    50cm2水電解試験では電解温度の大きな変動は槽電圧上昇をまねくことが明らかに なった。 固体高分子電解質の膜厚180μm、温度80℃、電流密度1A/cm2では安定してエネルギー効率約85%であった。
  4. 高温高圧型水電解実験
    温度120℃、固体高分子電解質の膜厚180μm、電流密度1A/cm2でエネルギー効率約90%、3A/cm2でエネルギー効率約76%を得た。100μmあるいは50μm膜厚の固体高分子電解質を用いれば、3A/cm2でエネルギー効率は80%以上になると期待出来る。
4.2.5 ゼロギャップ法による要素技術の開発

 高効率化・高電流密度化が期待できる固体高分子電解質水電解法について電解セルの構成各要素の最適化研究を実施した。また、陽極触媒の耐久性および200cm2積層セルの電解性能の検討も実施した。

(1) 小型セル(50cm2)による要素技術の開発
 更なる電解性能の向上を目指して、電解セル構成各要素の最適化研究を実施した。表4−2に、最適化を行い改善した項目およびその目的と製作した電解セルの仕様を示す。図4−3に、平成7年度と平成8年度のセル電圧の比較、図4−4にエネルギー効率の比較を示す。
 最適化研究の結果得られた電解セルは80℃、1atmの電解条件でセル電圧1.582V、エネルギー効率91.4%(電流効率1A/cm2時)を示し、平成8年度実施した最適化研究によってWE−NETの目標値を達成することが出来た。

(2) 耐久性評価
 電解セルの陽極触媒としてIrO2、RuO2の混合触媒を使用しており、RuO2の耐久性が懸念される。しかし、1500時間以上の耐久性試験の結果よりセル電圧は安定して推移することが明らかとなり、混合触媒とすることによってRuO2の溶出による性能劣化がないことが判明した。

(3) 200cm2積層セルの電解特性
 200cm2積層セル(5セル・スタック)および性能評価装置を設計・製作し、セル積層化における問題点の抽出等を検討した。その結果、積層化しても小型セル(単セル) と同等のセル電圧および電流・エネルギー効率が得られることが明らかとなった。

(4) テストプラントの概念設計
 極面積2500cm2セル等の大面積セルを製作する場合、Tiびびり繊維焼結体等の陽極給電体では溶接加工が行われる。そこで、突き合わせ溶接や重ね溶接等の溶接試験を行った。その結果、どの溶接試験においても良好な接合が出来ることが確認でき、大型化セル製作の見通しを得た。

4.2.6 耐高温固体高分子電解質膜の研究開発

 高温電解槽用のナフィオンや他の過フッ化スルホン酸ハイドロカーボンイオノマーの代替化合物として、新しい高温高強度固体高分子電解質を開発している。本プロジェクトの最終目標は、現在の固体高分子電解質電解槽よりも効率良く水素を製造する耐高温固体高分子電解質の電解槽を開発することにある。このセルの基本は、高温(200〜300℃)で作動する固体高分子電解質である。(図4−5)
 水蒸気電気分解の電気的効率は、熱力学(開回路)ポテンシャルと電極の分極によって温度とともに増加する(電極での反応がかなり速くなる)ために、中温から高温で作動する固体高分子電解質の開発によって水電解槽の効率を著しく高めることが期待される。市販の過フッ化スルホン酸ハイドロカーボンイオノマーは、100〜150℃よりも高温では化学的に不安定なために、この目的には使用できない。
 高温のスルホン化高分子をいくつか合成した。有望だと思われる合成方法は、モノマーにスルホン酸基を導入することにより最終生成物の高分子のスルホン化度を精密に制御できる重合方法である。現在までに短いフルオロアルキル鎖により機能化された芳香族高分子が調製されてはいるが、完全な芳香族高分子電解質も有望と考えている。新しく開発した耐高温高分子電解質は、高い濃度のスルホン酸基をもつチャンネル状のドメインを形成するように化学的に設計されているため、高いプロトンフラックスと伝導度が期待される。図4−5に模式図を示す。
 ACインピーダンス解析により、相対湿度100%の条件で、白金電極を使用し、高分子フィルムの伝導度試験を行った。現在まで試験した高分子フィルムの伝導度は、ナフィオンの高温代替高分子として開発されている他の高分子電解質の伝導度と比較して好ましい結果となった。

4.2.7 大阪工業技術研究所との共同研究

 本サブタスクでは、固体高分子電解質水電解法による、高電流密度で高効率な水電解プラントの開発を目指して、無電解メッキ法、ホットプレス法、多孔質焼結体電極法、ゼロギャップ法の4方式により、主に電極面積50cm2および200cm2のセルによる性能向上のための要素技術の開発並びに大型化技術の検討を実施している。
 今回の評価試験は、工業技術院大阪工業技術研究所(大工研)との共同研究の一環として実施するもので、試作されたセルの性能を、精度良く適正に測定できる特性評価技術を確立すると共に、得られた試験結果を解析することにより、更なる性能向上のための課題等を摘出し、今後の開発指針に反映することを目的とする。また、各方式により製作された試作セルを大工研の同一試験装置を用いて同一の運転条件の下で評価することにより、客観的なデータが得られることになる。
 更に、平成8年度はWE−NETの第I期中間評価の年にあたり、本サブタスクでも平成9年度より実施が予定されているベンチスケールプラント(電極面積2,500cm2)の開発に向けて、技術の絞り込みを行うことになっている。このため、共通評価試験で得られたデータを、評価委員会での基礎資料として供することとした。
 評価試験には、各方式毎に、膜種・膜厚、触媒種等の異なる複数のセルが供されているが、それらの中で各方式毎に最良の性能を示したセルのデータ(電極面積50cm2)を比較したのが、表4−3および図4−6、図4−7である。結果としては、4方式いずれもWE−NETの開発目標値である電流密度1A/cm2でエネルギー変換効率90%を超える良好な性能が示された。特にホットプレス法においては、95.1%の高い効率が得られている。

 第I期研究計画に基づき、平成9年度よりベンチスケールプラントの開発へ移行するに際し、これまでの研究室レベルの小型セル(電極面積50cm2及び200 cm2)に比べ多大な開発費用を要するベンチスケールプラントの開発に対し、技術および研究資産の集約により開発のスピードアップを図るため、4方式によるこれまでの開発成果をサブタスク4の委員会において評価し、ベンチスケールプラントの開発を担う技術方式の絞り込み・選定を行うこととした。
 全体評価の結果得られた各方式に対する総合的評価は概ね表4−4のとおりである。

 この結果、ホットプレス法および無電解メッキ法の2方式をベンチスケールセルの開発に採用することとした。

4.3 今後の進め方及び課程

 これまで50cm2及び200cm2小型ラボセルでの要素技術開発により、開発目標値以上セル性能が得られている。
 しかし、最終目標である大型・高効率水電解装置の開発のためには、小型ラボセルによるより一層の性能向上のための要素技術開発を行うと共に、大型触媒電極の製造法、気液流・熱分布の均一化等、大型化に向けた製造技術、電解槽構造の検討が重要となる。
 このため、平成9年度は小型ラボセルによる要素技術の開発に加え、ベンチスケールプラント(2,500cm2、単セル)の開発に着手する予定である。



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