概要


1. 研究開発の目的

 水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術(WE−NET)は、地球上に豊富に存在する水力、太陽光、風力等のクリーンな再生可能エネルギーの大規模・有効な利用により、地球環境問題の解決に寄与するとともに、エネルギー需給を緩和するために、これらエネルギーから水素を製造し、必要に応じ転換し、輸送・貯蔵し、発電、輸送用燃料、都市ガス等の広範な分野で利用する国際エネルギーネットワークの導入を可能とする技術の確立を目指し、水素エネルギーシステムの全体概念設計及び中核的要素技術の開発を実施することを目的としている。

 平成5年度から6年間の第T期計画においては、調査研究、基礎研究及び要素技術研究を行うことにより、実用化に長期を要す大規模な水素製造技術、水素輸送・貯蔵時術、水素利用技術に関する基礎的技術の確立を図り、実証試験のために必要な基盤を充実させた。

 平成11年度から5年間の第II期計画においては、当初計画を堅持しつつ、水素エネルギーの段階的導入を図るため、短期・中期で実用化を目指す水素自動車システム、水素供給ステーション、自動車用水素貯蔵材料、純水素供給固体高分子型燃料電池及び水素ディーゼルエンジンの開発を盛り込み研究を推進している。以下に第II期の各研究開発の目標を示す。


2. 開発目標

 第II期における研究開発は以下の12のタスクに分けて実施している。なお、( )内は、水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術(WE−NET)第II期研究開発基本計画に記述された研究開発項目の名称である。
 WE−NETの目標としている概念図を図1に、上記研究開発項目に係る研究開発のスケジュールを表1に示す。

2.1 タスク1 システム評価に関する調査・開発 (システム研究)

 WE−NET研究計画を合理的に効率良く、しかも体系的に推進する上で、再生可能エネルギーとともに、化石燃料等から製造される水素も前提とした種々の水素利用システムのエネルギー効率、環境性及び経済性を評価し、水素導入のための戦略を検討する。更に、12タスクの各研究開発項目間の調整等を行い、研究開発の統一的推進を図る。

2.2 タスク2 安全対策に関する調査・研究 (システム研究)

 水素の拡散及び爆燃等の実験による検証を基に、安全評価手法を確立する。また、予備的な安全評価を実施し、結果に基づき、安全設計指針の検討を行う。

2.3 タスク3 国際協力に関する調査・研究 (システム研究)

 WE−NETと深く関連した水素エネルギー技術の標準化研究等に係る国際的な研究協力及び当該研究計画を効率良く行うため、国際的な情報交流を推進する。

2.4 タスク4 動力発生技術の開発 (水素利用技術)

 環境影響物質無排出、送電端効率45%程度(高位発熱量基準)及び総合効率85%以上(高位発熱量基準)を達成しうるコージェネレーション用の、単筒機で100kW級水素ディーゼルエンジンを開発する。また、100kW級ディーゼル単筒機の開発・連続運転試験を実施し、実用化のための研究開発課題を抽出する。

2.5 タスク5 水素自動車システムの開発 (水素利用技術)

 水素供給ステーションからの供給を考慮した水素燃料電池自動車の燃料系システムの要素技術開発を行う。また、水素供給ステーションと組み合わせた水素自動車走行システムの技術検証が平成13年度後半に行えるよう計画を実施する。

2.6 タスク6 純水素供給固体高分子型燃料電池の開発 (水素利用技術)

 送電端効率45%程度(高位発熱量基準、低位発熱量基準で50%程度)を達成しうる純水素燃料に適合した燃料電池発電システムの要素技術を確立し、定置用30〜50kW級発電システムの実証を行う。

2.7 タスク7 水素供給ステーションの開発 (水素利用技術)

 水素自動車への燃料供給を目的としたスタンドアローンタイプの水素供給ステーションの要素技術及びシステム化技術を確立するため、実用規模の水素供給能力の10分の1程度に相当する  30Nm3/時の小規模試験システムの開発、実証を行う。

2.8 タスク8 水素製造技術の開発 (水素製造技術)

 固体高分子電解質水電解法に関する技術開発を行い、電流密度1A/cm2以上、エネルギー変換効率90%以上の性能を有する電極面積2500cm2の積層化電解槽を実現する。また、既存材料と同等以上の性能を有する耐高温固体高分子電解質膜を開発する。ここで、水素供給ステーションの研究開発と連携して、小規模水素製造システム(電極面積1000cm2、積層型)の開発を行う。

2.9 タスク9 液体水素輸送・貯蔵技術の開発 (水素輸送・貯蔵技術)

 液体水素の輸送及び貯蔵に共通する断熱構造の開発を行うとともに、液体水素ポンプの要素技術開発、液化用水素圧縮機等の概念設計を実施する。

2.10 タスク10 低温材料の開発 (水素輸送・貯蔵技術)

 液体水素雰囲気下での材料特性試験を行うとともに、最適溶接材料及び最適溶接法に係る要素技術開発を実施する。また、材料特性データベースの拡充を図る。

2.11 タスク11 水素分散輸送・貯蔵用水素吸蔵合金の開発  (水素輸送・貯蔵技術)

 移動体及び定置式設備への適用を目的として、有効水素吸蔵量3mass%以上、放出温度100℃以下、5000サイクル時の吸蔵能力が初期の90%以上である水素吸蔵合金の開発を行う。

2.12 タスク12 革新的・先導的技術に関する調査・研究 (革新的・先導的技術)

 水素利用、水素製造、水素輸送・貯蔵に係る技術のうち、上記タスク1〜11以外の革新的・先導的技術について並行的に調査及び基礎研究を行う。


3. 平成12年度の成果概要

 平成12年度の主な成果概要を以下に示す。

3.1 タスク1 システム評価に関する調査・開発

 システム検討では、LCAの一部である燃料サイクル分析により有望な水素エネルギーシステムの選定を行った。実データに基づく試算では、短期及び中期の水素源に鉄鋼系副生水素、とくにCOG副生水素が低価格で、供給ポテンシャルも有望であることを示した。また、太陽光発電と風力発電及び水素を二次エネルギーとするシステムが離島の自立型エネルギーシステムとして経済的に成立する可能性があることを明らかにした。水素導入シナリオの検討では、日本における必要水素導入量、水素需要量及び水素供給ポテンシャルを評価し、産学各分野の有識者からなるワークショップを開催し水素エネルギー普及のための技術項目及び課題を明らかにした上で、おおよその時間的同定を行った。あわせて、シナリオ検討の参考として欧州先進工業国の水素導入シナリオについて調査・検討した。

3.2 タスク2 安全対策に関する調査・研究

 水素供給ステーションにおける潜在的な事故事象を抽出し、これらの中から水素貯蔵においてはタンクからの連続水素放出を代表事象に選定した。また、定量的な安全評価を実施するうえで必要な主要機器、タンク、配管等の故障率を文献から調査した。液体水素の連続流出に伴う表面移動、蒸発、拡散の挙動を実験で把握した。その結果を参考にしてシミュレーションコードを改良し、地面内温度に加え液体水素の拡がりと気相部温度等でも実験結果と一致するモデルを構築した。また、ダクト内及び準開放空間における水素/空気爆燃実験を行い、圧力波の強度、伝播速度等の新たな基礎データを得た。これらの爆燃現象をモデル化し、計算によりシミュレートした。

3.3 タスク3 国際協力に関する調査・研究

 WE-NETプロジェクトは国際協力を前提とした計画であることから、その全体構想が海外の水素プロジェクトに関する諸機関や関係者に正しく理解され、その協力が得られることが重要である。このようなWE-NETへの理解を深めてもらうため、水素に関する数多くの国際会議においてWE-NETの活動、成果を発表し、さらにWE-NETホームページを更新し、充実させてきた。特に平成12年度は、9月にドイツのミュンヘンで開催されたHyforum 2000において、通産省の支援の下、日本ブースを開設し、WE-NETの活動成果を大いにPRすることができた。また国際的技術情報交換を容易にするため水素エネルギーの海外研究機関に関する調査や、燃料電池の開発動向に関する調査を実施した。さらに毎年行っているIEAへの専門家派遣は、将来の水素エネルギーの研究開発に重要な役割を果たしている。
 水素の標準化研究においては、米国の水素に係る法規関連を調査するとともに、ISO/TC197審議中ドラフトに対する検討を行った。


3.4 タスク4 動力発生技術の開発

 要素技術開発においては、水素噴射装置、排ガス凝縮器・気液分離装置、過給機・膨張タービンの開発を進めた。また、基礎試験では、低酸素過剰率燃焼改善評価、燃焼室熱伝達評価、着火評価および水蒸気影響評価に関する試験並びに水素ディーゼル機関における筒内現象の解析を行った。また、単筒実験機システム開発としては、水素供給系統、作動ガス循環ライン及び実験室建家の詳細計画並びに単筒実験機燃焼室の設計、さらにクローズドサイクルシステムの検討を実施した。

3.5 タスク5 水素自動車システムの開発

 急速充填法の開発において、25分の1スケールの試験用MHタンクを用いた水素充填実験の結果、10分以内で25Nm3の水素を急速充填できる実体タンクの設計指針が得られた。また、アルミニウム製容器MH実体タンクを用い、車両衝突時を想定した落下/落錘実験、耐火試験、水素燃焼試験などによる事故発生時におけるMH特有の特性に起因する現象の把握及び前年度に引き続き水素の吸蔵・放出に伴うMHタンクの変形の調査を行った。

3.6 タスク6 純水素供給固体高分子型燃料電池の開発

 水素の利用率が高い純水素供給固体高分子型燃料電池に適したカソード内部加湿法の開発および分割スタック方式(シリアルフロー方式)の開発を行い、水素利用率が96%でも発電可能であることを確認した。また、純水素30kW級発電プラントのプラント仕様、システム構成、安全性及びプラント物質収支の検討を実施した。さらに、プラント周辺システムに関しては供給水素ガスの調湿システムの基本設計が完了した。

3.7 タスク7 水素供給ステーションの開発

 天然ガス改質型及び固体高分子電解質水電解型の2方式の水素供給ステーションにおいて、水素吸蔵合金を使用する低圧充填システムに高圧ガス充填システムを追加した水素供給ステーションの全体システム詳細設計及び主要構成機器の詳細設計並びに一部機器の製作を行った。また、各種水素ステーションに対する技術指針を作成するための調査・検討に着手した。

3.8 タスク8 水素製造技術の開発

 大面積電解セル積層化(電極面積 2,500cm2、10セル)の開発を実施すると共に、タスク7(水素供給ステ−ションの開発)と連携し、水素ステ−ション用電解セル(電極面積 1,000 cm2、25セル)の製作に着手した。また、水素製造装置の実用規模における概念設計を実施し、最適運転条件等の水素製造コストに与える影響を検討した。耐高温固体高分子電解質膜の研究開発においては、数種類の高分子電解質を合成し、その特性評価を実施した。更に、水電解に関する最新の文献調査を実施し、情報収集を行なった。


3.9 タスク9 液体水素輸送・貯蔵技術の開発

 液体水素輸送タンカーと液体水素陸上タンクに共通する断熱材のデータベース化を進めるため、今年度はPUF真空断熱構造体とパーライト粉末常圧断熱構造体の断熱特性を測定した。その結果、常圧タイプの試験体では予想以上に熱伝達が大きく、液体水素の断熱材としては見直し検討が必要と考えられる。また断熱材に強度を要求する設計も考慮して、液体水素温度域での種々の断熱材の低温強度をデータベース化するため、マイクロスフェアの低温強度試験を実施した。断熱材は一般的に常温時の強度に比べて低温では上昇し、マイクロスフェアの場合には液体水素雰囲気温度で約2,1倍の強度があることがわかった。
 共通機器類の開発として高圧液体水素ポンプの開発を進めてきたが、今年度は液体水素用高速軸受として考えられている磁気軸受けでの36000rpm定格運転を達成することができた。しかし、今後は、連続運転可能な汎用液体水素ポンプ用の静圧軸受けに関する研究開発が必要と考えられる。
 水素液化設備の概念設計では、昨年度まで液化設備の効率に大きく影響する水素圧縮機に注目し、その中で最も効率の高い比較的大容量で使用されるターボ型圧縮機を選定して要素開発を行ってきた。しかし今年度は、自動車用水素ステーションにおいて考えられる小容量水素液化設備に焦点を絞り、効率の良いターボ型水素圧縮機がどのような設備容量において採用できるか検討を行った。その結果、10t/日 程度の液化設備まではターボ型圧縮機が採用でき、それ以下の容量の設備ではターボ型とスクリュー型を組み合わせたターボスクリューハイブリッド型か、スクリュー型が現実的との結果を得た。

3.10 タスク10 低温材料の開発

 液体水素の輸送・貯蔵容器に用いる低温材料の評価のため、液体水素雰囲気下を含む室温から低温度の温度域で、材料特性評価試験を実施した。特に、溶接部での低温靭性の評価と改善を目的に、新たに開発された溶接・接合法も含む各種溶接法の特性を把握した。その結果、以下の知見を得た。
(1) 候補材として選定したステンレス鋼およびアルミニウム合金の母材は、液体水素雰囲気下でも充分な特性を有するが、溶接部では、低温での靭性が低く、改善が必要である。
(2) ステンレス鋼では、溶接部のδフェライト量が低温靭性に大きな影響を及ぼすことから、完全オーステナイト型の溶接金属の採用が、低温靭性向上に効果的である。
(3) ステンレス鋼での減圧電子ビーム溶接法は、低温靭性の飛躍的な向上が図れることから、有望な溶接法の1つと考えられる。
(4) アルミニウム合金では、低温靭性の高い組成の合金系を適用することも1つの選択肢として考えられる。
(5) アルミニウム合金での摩擦攪拌接合法は、極めて高い低温靭性を有することが判り、新たな接合法として評価できる。
 
3.11 タスク11 水素分散輸送・貯蔵用水素吸蔵合金の開発

 開発されたV-Ti-Cr-Mn合金(有効水素量2.6mass%、現時点世界最高)は「消防法における危険物には該当しない」と判明。この合金は純水素中では10回吸放出繰り返しで劣化は生じないがO2およびCOが混入すると大きな劣化が生じること、この劣化は水素ガスのフラッシングで完全に回復することが判明した。また、Vを含有せずにV基合金に近い特性をもち耐久性とコストに優れたTi-Cr-Mo合金が開発された。さらに、有効水素吸蔵量が約2mass%の、Mg−Ca系では世界ではじめて常温・常圧での水素吸放出可能な、Mg-Ca-Ni三元系合金を開発。Mg-Ca系では世界ではじめて常温・常圧での水素吸放出可能な合金に成功した。資源・コスト・作動特性の面から非常に高い実用性をもつと期待される。
 NaAl水素化物はWE-NET条件で3.6mass%の有効水素吸蔵量をもち、125℃・125気圧・1.5hでほぼ再水素化できることが明らかになり、実用への可能性が高まった。
 新炭素材料の微量サンプルでの水素貯蔵特性の測定には重量法が最も精度に優れること、容積法でも十分に温度と気密性の管理に配慮するならば問題なく使用できることが明らかになった。これらの方法によるカーボンナノチューブの特性調査ではまだ再現性よく1mass%以上の水素吸着を示す試料は得られなかった。

3.12 タスク12 革新的・先導的技術に関する調査・研究
(1) 概念検討結果の評価
 平成12年度の新規提案は5件、この内、次の4件について概念検討を実施した。[1]天然ガスを原料とした二酸化炭素を発生させない水素製造法の調査と副産物の評価 [2]水素選択性ヒドロゲナーゼセンサーの技術的可能性調査研究 [3]ナフテン系水素貯蔵輸送媒体の新規脱水素反応の調査 [4]非平衡メタン改質型ガスタービンシステムの調査研究
(2) 基礎研究結果の評価
 基礎研究としては、「磁気冷凍法による水素液化技術の基礎研究」を実施した。研究結果より水素液化量10kg/日、システム効率50%、ベルトチェーン方式水素液化機の基本設計を実施し、磁性材料の選定及び調合により十数種類の適正磁性材料を選定した。その結果、本年度の研究目標は達成された。


4. 今後の展開

 引き続き研究調査を行い、全体システムの最適設計等の検討を行うとともに、基礎的研究、要素技術研究及び実証試験・評価等を進め、WE-NET基本計画の開発目標の達成を図る。



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