各サブタスクの平成8年度の成果概要


5.5 分散輸送・貯蔵用水素吸蔵合金の開発

5.5.1 研究開発目標

 本研究開発では、水素吸蔵合金とそれを用いた小規模水素貯蔵輸送技術について、第 II 期から開始される研究開発の方策を具体的に定めるべく、平成10年度までの第I期において内外の研究開発動向に関する調査と研究開発課題の抽出およびWE−NETへのそれらの適用性の検討を行なっている。平成8年度は平成7年度末にWE−NET基本計画の見直しによって変更設定された目標性能を実現するような新規な水素吸蔵合金を開発するための指針をこれまでの調査研究結果をもとに探り、一部新規合金の探索に着手した。
 新たな開発目標は下記の性能を有する水素吸蔵合金の開発である。

水素吸蔵量 3wt%
水素放出温度 100℃以下
耐久性 5,000サイクル(初期性能の90%保持)
5.5.2 平成8年度の研究開発成果

5.5.2.1 合金設計への指針

 WE−NETの基本計画見直しによって改訂された水素吸蔵合金の開発目標3項目のうち、水素吸蔵量3.0wt%以上、水素放出温度100℃以下の達成は合金構成元素の種類と材料の熱力学的特性によるところが大きい。したがって、合金開発指針の検討においては、まず水素吸蔵量を確保できる合金系の選択、次いで水素放出条件を適合させる手段の開発を検討する必要がある。そこで、AB5型、A2B型、AB型、AB2型、BCC固溶体型の各種合金から代表的合金系について特徴をまとめ、目標特性達成の可能性について見極めと指針を得ることをめざした。
 有効水素吸蔵量3.0wt%以上に対しては、AB5型、AB型、AB2型の金属間化合物では目標特性をもつ化合物はほとんど見いだされておらず、今後も可能性は少ない。水素吸蔵量として可能性のあるのはMg系合金とBCC固溶体合金であろう。しかし、これらは水素放出特性に難点があり、100℃以下で3.0wt%以上の水素は放出できていない。
 水素放出特性に関しては、複合化、ナノクリスタリン化、変調構造を有するBCC固溶体などで放出温度の低下が試みられているが、これらの手法での大幅な改善は難しい。
 したがって、WE−NET目標値達成へのアプローチ法としては、Mg系などの軽量合金とBCC固溶体合金に対してこれらの手法にさらに新しいアイディアを加えてどこまで改善できるのかを見極めていくとともに、これまでとは違った新規な水素吸蔵相を探索していくことが重要であり、それらの微細組織構造と水素化特性の関係を明らかにしながら合金設計の新しい指針を新たに構築していかねばならない。

5.5.2.2 合金組織制御への指針

 これまでの合金組織制御の考え方、制御技術とその効果をみると、(1)一方向凝固共晶組織、(2)酸化物分散、(3)異相の粒界析出、(4)相界面の異種金属複合化、(5)異相および異構造の複合化、(6)異種固溶体の複合、(7)偏析度の制御、(8)メカニカルグラインディング(アロイング)処理、などの手法が初期活性化、反応速度、水素吸蔵量、水素放出の改善に有効と認められた。
 しかしながら、それぞれの制御法におけるどのような因子がどのような水素化特性をどのように変えるのかがまだ明確になっているとはいえず、これらを整理し明確にする調査検討をすすめて合金組織制御指針についての議論ができるようにする必要がある
 今後の新規合金開発は、二元系、三元系を中心とした合金状態図のこれまでの知見を活用して新しい相構造、結晶構造をもつ合金組成を検討すると共に、有効な組織構造とそれを実現する合金化プロセスの検討を同時に進めることが重要である。

5.5.2.3 マグネシウム系水素吸蔵合金の調査と探索

 平成5年度にMg-Ni、Mg-Cu、Mg-Al、Mg-REの二元系合金について、その水素吸蔵特性の調査研究を行った。平成8年度はそれ以外のMg系合金について調査を実施し、一部新規合金の探索研究に着手した。

(1) マグネシウム系二元合金
 Mg-Li合金、Mg-Ca合金、Mg-Y合金を調査したが、いずれも水素化反応温度が高く実用性を期待できるMg系二元系合金は見あたらなかった。 

(2) Mg-Ni基三元系合金、多元系合金
 Mgベースの合金のうち水素化の際に不均化反応を起こさず、Mgより熱力学的に不安定な水素化物を形成するものはいまのところMg2Niのみであり、Mg2Niに第3元素を添加して熱力学的安定性を下げ、反応速度を引き上げることが試みられてきた。CuとAlの添加に効果が認められるが決め手にはなっておらず、こうした合金化手法では、純Mgに比べて水素吸蔵量が大幅に低下する割に水素放出温度は下がらないのが実状である。

(3) 新規なMg系水素吸蔵合金の探索
 次の3つの指針により新規なMg系水素吸蔵合金の探索に着手した。

  • Mg、Mg2Niとは組成、構造の異なる合金を探す
  • 水素雰囲気下で金属状態の元素(Ni、Cu、希土類金属など)とのMgの合金化
  • 水素化により不均化を起こす反応系の中にも探索対象がある
この指針に基づき、新規合金の探索を開始した。その結果次の2種類の新規Mg系三元系合金を見いだすことができ、それらの合成と構造解析を進めている。
  1. R:希土類-Mg-Ni系三元金属間化合物:RMg2Ni2
     LaNi5型、C15ラーベス型、C14ラーベス型を交互に積み重ねた新しい結晶構造のMg系合金。水素化特性を検討中。

  2. LaMg2をベースに第3成分、第4成分を添加:LaMg2Cu2化合物
     化学量論組成がAB22(A:希土類、アルカリ土類、B:遷移金属、C:III A、IV A、V A)のLaMg2Cu2系多元化合物の探索に着手し、ThCr2Si2型のLaMg2 Cu2を見いだした。この化合物は、Mg2NiやLaMg2とは異なった水素化挙動が期待され、Mgよりも低温で水素化・脱水素化が進むことを確認。引き続き新規な水素吸蔵合金としての可能性を追求する。
5.5.2.4 非晶質合金の特性と製造法

 非晶質合金の特徴、製造方法、およびMg系合金の非晶質化を調査した。

(1) 非晶質の水素吸蔵合金の特徴
 非晶質水素吸蔵合金は次の1. の短所と2. 〜4. の長所があり、水素吸蔵量の大きなMg系合金では非晶質化は新規な水素吸蔵合金としての可能性をもっている。

  1. プラトー領域がなく、水素組成の増加と共に水素圧力が急激に増大する。
  2. 合金によっては同一組成の結晶より吸蔵量の大きなものがあるが、放出は容易でない。
  3. 広い組成範囲で均一相が得られ、水素吸蔵特性を連続的に変えることができる。
  4. 水素吸蔵による体積膨張が非常に小さく、微粉化が進行しにくい。
(2) 非晶質の製造方法
 次の4種:(1)化学的、電気化学的方法(電解・無電解めっき、気相めっき、有機溶媒中での水素化物・有機金属化合物による合成)、(2)気相急冷(真空蒸着、イオンスパッタリング蒸着)、(3)液相急冷(遠心急冷法、単ロール法、双ロール法)、(4)メカニカルアロイング:MA(メカニカルグラインディング:MG)、があり、工業的技術としては(3)が最も有利、(4)がそれに次ぐ。

(3) マグネシウム系非晶質合金
 マグネシウムは急冷凝固法で幾つかの金属元素と非晶質合金をつくることが知られており、Mg-Ni合金は10〜20wt%のNi濃度範囲で非晶質が得られている。Ce、Caの添加で範囲が拡がり、Caの添加で結晶化温度が低下し、Ni添加で結晶化温度が上昇する。Mg2Niを急冷凝固法で処理した研究では、33wt%Niでは非晶質化できなかったとの報告があるが、それ以外の組成での急冷凝固法非晶質化の研究はなく、可能性が期待できる。
 MA法によればNiが20〜40wt%の範囲で非晶質が得られ、Mg2Niは非晶質化、Niは結晶質のままで存在し、水素吸蔵量は3.25wt%、との報告あり。また、Mg50wt%Niの80hのMG処理によるMg-Ni合金で、完全非晶質、水素放出温度100℃、水素吸蔵量 2.2wt%、のものが得られている。今後の研究の進展が注目される。

5.5.2.5 マグネシウム系合金のフッ化処理

 平成6年度〜7年度の調査研究で報告した「フッ化処理技術」を基本技術として、Mg合金のシステム的な実用性の改善を検討した。

(1) フッ化処理のメリット
 フッ化処理によって、合金本来の特性を損なうことなく、常温常圧大気中でも被毒作用のない合金材料に変えることができる。この被毒作用の解消により、水素吸蔵合金をシステムに適用する実用化段階において次のようなメリットが期待できる。

  1. 貯蔵形態:従来のような気密加圧容器が不要で、袋詰めなどの多様な形態が可能。
  2. 軽量化:容器の対水素吸蔵合金重量比は 0.8〜0.2から0.025に大幅減少できる。
  3. 可搬性:袋詰めなどで、普通のトラック輸送、フォークリフト移動が可能。
  4. 流動床方式:Mg合金粉末による伝熱・反応特性の効率的な流動床方式が可能。
  5. 水素の低温触媒燃焼の利用:外部熱供給が不要で、安全・簡便・無公害な水素放出。
(2) フッ化処理Mg合金の実用性と経済性
 平成7年度の報告書では水素吸蔵合金による水素輸送システムは5wt%水素吸蔵合金ならば液体水素状態での輸送方式とコスト的にも見合うものとなり、安全面などの優位性を加えれば極めて有利な輸送システムとなることが示された。水素吸蔵合金によるこのような水素輸送システムが現実性をもつためには合金の輸送時の取扱いの簡便さが不可欠の条件であり、フッ化処理による合金の性能・安定性・取扱性の改善は極めて有用なものである。
 フッ化処理の実用化のためには処理コストの低減が必要である。フッ化処理そのもののコストは大したものではなく処理コストの大部分は工程上のコストであるため、「合金製造工程と粉砕工程をフッ化処理工程とうまく結びつけること」が鍵である。

5.5.2.6 水素吸蔵合金の水素自動車への適用性

 平成8年度は、自動車メーカーで実施されている低圧水素ガス自動車の一般公道における実用化評価試験での水素貯蔵システムの機能・安全性に関する情報を収集・調査した。

(1) 水素吸蔵合金および燃料タンクの開発:

  1. 合金:水素吸蔵量を従来よりも30%向上させたミッシュメタル系水素吸蔵合金を開発。
    0.98MPa以下(低圧ガス区分)、エンジンの噴射圧以上での水素放出利用が可能。
  2. 安全性:水素吸蔵合金は第3類危険物には属さないことが消防法による機関で判定。
  3. タンク構造:新規な構造を開発。実用性評価試験で搭載性、耐久性、安全性を調査。
  4. 低圧水素ガス自動車の安全自主基準を策定し、一般公道走行可能な運輸大臣認定を得た。
(2) 結果:一般公道2万km 走行による実用性評価試験での6ヶ月毎定期点検で燃料装置の安全性ならびに水素燃料貯蔵能力に低下・異常は何ら認められていない。

(3) 今後:WE−NETではこの実用性評価試験における燃料装置、安全装置の耐久性・信頼性に関するさらに長期の詳細なデータを収集し、そのデータの解析調査を行って、水素自動車のMHタンク燃料装置とその安全装置の技術的課題を明らかにする。

5.5.2.7 定置式貯蔵設備のケーススタディ

 平成7年度に100戸規模の集合住宅にコジュネレーションでエネルギーを供給するための300kW級発電規模の燃料電池を備えた分散型定置式水素貯蔵利用設備を想定したケーススタディにより、合金の水素吸蔵量が3wt%、水素の輸送充填周期が15〜20日、で実用的な10年の設備償却ができることが判明した。平成8年度は、さらに液体水素の輸送コストを含めてこのシステム全体の経済性を検討した。
 このシステムにおける水素吸蔵合金の導入効果を液体水素の輸送コストを含めて検討した結果、液体水素貯蔵におけるフラッシュ水素ガス、ボイルオフ水素ガスの吸収機能を水素吸蔵合金にもたせた「液体水素−水素吸蔵合金ハイブリット水素貯蔵システム」では、合金の有効水素吸蔵量が3wt%以上の場合、実用性のある10日以上の輸送充填周期で、発電発熱単価を低減しうる実用的な導入効果が得られることが明らかになった。

5.5.2.8 世界における水素吸蔵合金の開発動向調査

 水素吸蔵合金の研究開発にかかわる情報の収集と動向の把握を目的に、(1)アメリカ化学会(米国、オハイオ)、(2)金属-水素系国際シンポジウム(スイス、レ・ディアブレ)、(3)米国エネルギー省水素顧問団会議(米国、ワシントン)他に出席。諸機関の訪問と技術情報収集を行なった。

  • 第28回アメリカ化学会中部地区会議:米国において水素吸蔵合金の基礎研究がかなり活発化していることが判明。内容も表面処理や薄膜化など新規なものがあった。
  • 金属−水素系国際シンポジウム:アルミニウム水素化物などの錯体型でも触媒を用いると可逆的に利用可能で、新しい高容量水素化物の可能性が示唆された。合金のナノフェーズ化や表面処理による特性向上研究も盛ん。
  • 米国エネルギー省水素顧問団会議:水素吸蔵合金の開発目標として「5.5wt%の吸蔵量と150℃以下の放出温度をもつ合金を用いた水素貯蔵システムの1999年実証」という極めて高い目標が注目される。
  • 国家水素協会:北米では燃料電池とその応用を中心にして環境対策重視の水素エネルギ技術開発が推進されている。2wt%吸蔵容量合金の燃料電池発電システムが報告された。
  • 国際エネルギー機関の「水素の生成と活用に関する研究開発」の中の Task12「金属水素化物での水素の貯蔵」専門家会議:1995年から3年の計画で水素吸蔵量=5wt%、水素放出温度=150℃ 寿命= 1000サイクルを目標にして、水素化物と表面処理技術の開発をめざした国際共同研究が進行中。
5.5.3 今後の進め方及び課題

(1) 「Mg系合金あるいはBCC固溶体合金」をベースにして、「複合化」、「ナノスケール化」、「非晶質化」の組織制御と「メカニカルグラインディング」、「急冷凝固」のプロセスとの組合せおよびそれらの改良でどこまで水素化諸特性の改善が可能かを見極めてゆくことが当面の進め方になろう。平成9年度はこれら諸技術の整理と見極めをはかるとともに、新規な高容量合金の探索を進める。

(2) 平成7年度末に見直されたWE−NET目標値達成のためには、既存の特性改善手法にさらに「新しいアイディア・技術」を加えることと、既存合金とは異なった「新規な水素吸蔵合金の探索」を推進することが必要である。

(3) 液体水素-水素吸蔵合金ハイブリッド定置式水素貯蔵システムの調査研究は完了、液体水素を供給するためのインフラストラクチャ整備の方向性が示されてその具体的な方策が検討されるのを待つ。水素自動車用水素燃料タンクについては、自動車メーカで行われた実用性評価試験でのデータを収集し、その解析と技術的課題の抽出を進める。これらの調査結果をもとに、平成10年度に概念設計と要素研究の予備検討に進む予定である。



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