各サブタスクの平成8年度の成果概要


6.サブタスク6 低温材料技術の開発

6.1 研究開発目標

(1) 第I期の目標

  1. 既存材料(母材及び溶接部)の液体水素温度域での機械的性質(引張強度、破壊靭性、疲労強度等)の評価技術を確立すると共にデ−タベ−スを構築する事によって諸特性の限界を把握し、既存材料の改良或いは新材料の開発の要否を明確にする。

  2. 既存材料(母材及び溶接部)の常温域及び液体水素温度域での水素脆化感受性に関する評価技術を確立すると共にデ−タベ−スを構築する事によって割れ感受性を把握し、既存材料の改良或いは新材料の開発の要否を明確にする。

  3. 他のサブタスクの構造用材料に対する要求特性の中で、未評価の特性に対する評価(試験)方法の検討を行う。
(2) 平成8年度の目標
  1. 候補材の溶接部の極低温特性と溶接条件の関係明確化
  2. 候補材の水素脆化感受性と水素量、微視組織の関係明確化
  3. ステンレス鋼、アルミ合金の溶接脆化および水素脆化の機構解明
  4. 極低温用材の文献調査及び開発動向の調査
  5. 液体水素雰囲気下試験装置の具体的な仕様決定
6.2 平成8年度の研究開発成果

 第I期の初年度である平成5年度は、文献調査を中心に従来デ−タの収集・整理をおこない、構造材料の候補材としてステンレス鋼2種(主にタンク材用)及びアルミニウム合金1種(主にタンカ材用)を選択し、材料評価方法の指針を得た。平成6年度は、既存の極低温(4K)用の試験装置を使用して低温脆化及び水素チャージ処理による水素脆化に注目した材料特性(引張試験、シャルピー衝撃試験、破壊靭性試験)の調査を実施した。その結果、候補材の低温脆化及び水素脆化は、母材では大きな劣化はないものの、溶接部については脆化感受性が高いことが判明した。平成7年度は、溶接条件と水素チャージ量に注目した検討を実施した。その結果、ステンレス鋼では極低温での靱性・脆性にδフェライト量および水素チャージ処理の有無が強く影響を及ぼしていることが明らかとなった。しかし、溶接金属の強度レベルが必ずしも一定でなく、また水素チャージ処理中に熱処理による組織変化が起こり機械的性質が変化している可能性が指摘された。一方、アルミニウム合金では水素チャージ処理により材料特性は変化せず、室温以下では水素脆性が生じないことが確認できた。
 そこで平成8年度は、ステンレス鋼についてはδフェライト量および水素チャージ処理の有無による材料特性への影響について明確にする調査を行い、アルミニウム合金では溶接ワイヤの組成を変化させて溶接金属部の特性を改善する調査を行った。その一方で、液体水素雰囲気下の実条件での材料試験を可能とする、液体水素雰囲気下材料試験装置を新規に製作・設置し、稼働させた。以下に平成8年度の試験結果をまとめて示す。

(1) ステンレス鋼(SUS304L、SUS316L) 溶接金属
 溶接金属の強度レベルがほぼ一定で、δフェライト量がおよそ9%、4%および0%となるように溶接棒を新たに設計・試作し、これらを用いてTIG法により溶接継手を作製した。また、海外研究機関の調査により低温特性が優れることが報告された高窒素含有溶接棒(δ=0%)を用いてSUS316Lの溶接継手を作製し、同様の試験を行った。水素チャージ処理では熱処理による組織変化の影響が無視できる条件に最適化した。δフェライト量が0%の溶接継手についてはレ型溶接継手も作製し、bondおよびHAZのシャルピー衝撃特性も評価した。

  1. 高温割れ感受性
     オーステナイト系ステンレス鋼溶接金属の高温割れ感受性は、δフェライト量に強く依存することが知られている。そこで、SUS304LおよびSUS316L溶接金属の高温割れ感受性をバレストレイン試験にて評価した。その結果、SUS304L、SUS316Lともに、δフェライトを含まない溶接金属はすべて割れ感受性が高く、実際の溶接施工に際しては十分な注意が必要であることが示された。δフェライト量が4〜10%の溶接金属はいずれも低い高温割れ感受性であった。

  2. 引張特性
     室温大気中、液体窒素中(77K)および液体ヘリウム中(4K)で溶接金属の引張試験を実施した。SUS304L、SUS316L系ともに溶接金属の引張強さは温度の低下に伴って大きく上昇し、δフェライト量が多いものが極低温での強度上昇の割合が高かった。伸び、絞りに関しては、低温になるほど低減するもののSUS304L系では4Kにおいていずれのフェライト量でも30%以上となり十分な特性があった。SUS316L系ではδフェライト量が多いものの低下が大きく、δフェライト10%で絞りが25%程度まで低下した。高窒素含有溶接棒では、0.2%耐力が低温で大きく上昇し、低温での伸び、絞りは約30%まで低下した。しかしながら、破面はδフェライト量にかかわらず全て、延性破面であった。

  3. シャルピー衝撃特性
     衝撃吸収エネルギーに及ぼすδフェライト量の影響について調べた。SUS304L系、SUS316L系ともに室温ではδフェライト量の影響はみられないが、77K、4Kではδフェライト量の増加に伴い吸収エネルギーの低下が認められた。しかし、δフェライトを4〜11%含む場合でも、吸収エネルギーは40J以上の値であった。水素チャージ処理により、SUS304L系はδフェライト量、試験温度によらず脆化し吸収エネルギーが20〜50J低下した。一方、SUS316L系はδフェライト0%材では同じく試験温度によらず脆化し吸収エネルギーが約20J低下したが、δフェライト5%材および11%材では脆化は起こらなかった。試験温度が低下すると、SUS304L系、SUS316L系ともに水素チャージ処理の有無、δフェライト量に関わらず、吸収エネルギーは低下し、その低下率は室温と77Kの間で大きく、77Kと4Kの間では小さかった。さらに、高窒素含有溶接棒による溶接金属では、水素チャージにより試験温度によらず吸収エネルギーが約100J低下した。
     また、HAZ部、Bond部の衝撃特性はSUS304L系、SUS316L系ともに同様な傾向を示した。 HAZ部の衝撃特性は基本的に母材と同等であった。一方、Bond部の衝撃特性はHAZ部と溶接金属部の中間にあり、亀裂は主に溶接金属部を進展していた。また、水素チャージの影響は一部を除き、認められなかった。

  4. 破壊靭性
     δフェライト11%を含むSUS304L溶接金属の室温における破壊靭性値(Kic (J))は400MPa√m以上と非常に高いが、試験温度の低下により急激に劣化し、4Kでは100MPa√m 程度まで低下した(図6−1)。また水素チャージ処理によって破壊靭性値の低下の傾向が認められた。同じくδフェライト10%を含むSUS316L溶接金属の破壊靭性値も室温試験では非常に高いが、温度の低下により急激に劣化し、4Kでは120MPa√m 程度まで低下した(図6−2)。また水素チャージ処理による低下が室温、77Kで認められたが低下代は10〜30%程度で、昨年度の結果よりも水素チャージ処理の影響はかなり低減した。またSUS316Lの溶接金属については、昨年度と同様に一部の試験条件で不安定破壊が確認された。
     SUS304L、316Lともδフェライトを低減することにより試験温度の低下に伴う溶接金属の破壊靭性の劣化の程度が減少し、δフェライト0%材では4Kにおいても約300MPa√m と極低温においても高い靭性を示した。またSUS316Lのδフェライト0%材では水素チャージ処理による破壊靭性の低下量も小さくなる傾向が確認された。
表6-1 溶接金属部成分分析結果 (mass %)
試料SiFeMnMgCrTiBZr
A0.070.160.62974.770.080.060.00230.00
B0.070.160.62214.770.070.050.00230.05
C0.060.130.63854.800.070.050.00220.05
D0.060.130.6244.720.060.050.00230.00
E0.070.170.63215.000.070.060.00230.00
(2) アルミニウム合金(A5083)
 アルミ合金では、溶接金属部の特性改善をねらい、溶接ワイヤの組成を変化させて、大電流MIG法にて溶接継手を作製し、溶接金属の材料特性を調べた(表6−1)。
 結晶粒径微細化を狙い、Zrを添加した溶接ワイヤでは、溶接金属部の結晶粒径は若干粗大化し、現行材と比べ特性の改善は認められなかった。Fe,Siの量を低減し晶出相の低減を図った溶接ワイヤでは、室温では引張試験の延性、シャルピー衝撃吸収エネルギーおよび破壊靭性値は母材よりも優れた特性を示した。77Kでは溶接部の延性、 破壊靭性値は母材と同等程度であるものの、シャルピー衝撃吸収エネルギーが母材より低下した。4Kでは溶接ワイヤ組成によらずかなり低い延性,シャルピー衝撃吸収エネルギーおよび破壊靭性値を示すようになった(図6−3)。4Kにおいて溶接ワイヤ組成の影響が小さくなった原因としては、温度低下により破壊形態が粒内破壊から粒界破壊へと変化したため、晶出相低減の効果が有効に働かなくなったことが考えられた。
 溶接金属部の強度向上による高靱性化を狙って、高Mg化した溶接ワイヤでは、室温においては現行材と同等であるものの、77Kでは現行材より劣る結果となった。この原因としては、溶接時の冷却中にβ相(Al3Mg2)が粒界に析出した可能性があり、低温での粒界強度が劣化したためと考えられた。

(3) 水素ガス中の引張特性
 SUS304L、SUS316LおよびA5083の溶接金属を、1.1MPaヘリウムガス中および1.1MPa水素ガス中において80K〜293Kまでの温度範囲で引張試験を行った。
 SUS304Lでは、220Kにおいて水素によって引張強さ、伸びおよび絞りが大きく低下したが、150K以下の温度ではヘリウム中と水素中の引張性質に大きな差異は認められなかった。また、室温から150Kまでの温度範囲において引張破面形態に水素の影響が認められた。ヘリウム中ではディンプル破面であったが、水素中では擬へき開状の破面であった。δフェライト量の減少と共に水素の影響は小さくなった。水素中では表面き裂の生成が認められ、き裂の生成箇所は主にδフェライト相であった。
 SUS316Lでは、水素の影響が最も大きい220Kにおいても引張性質には水素の影響は小さかった。しかし、引張破面形態には水素の影響が認められ、ヘリウム中ではディンプル破面であったが、水素中では擬へき開状の破面であった。
 アルミニウム合金 A5083では、引張性質に及ぼす水素の影響は室温から80Kまでの温度範囲において認められなかった。引張破面形態にも水素の影響は認められず、ヘリウム中および水素中共にディンプル破面であった。
 以上の結果より、溶接金属の水素環境脆化は母材と同様にA5083<SUS316L<SUS304Lの順に大きくなることが明らかになった。

(4) ステンレス鋼の相変態挙動に関する基礎検討
 SUS304LおよびSUS316Lの極低温における強度や靱性あるいは水素脆性には、常温以下への過冷や加工などによるマルテンサイト変態が大きな影響をおよぼしていると考えられる。そこで、SUS304LおよびSUS316Lの溶接金属について、マルテンサイト変態におよぼす温度、および加工の影響をフェライト量の測定で調査した。その結果、SUS304L、SUS316L系溶接金属とも室温ではマルテンサイト変態量の変化量はわずかであるのに対して、4Kでは加工量の増加に伴ってマルテンサイト変態量が著しく増加し、20%の引張歪に対してSUS304L系溶接金属の場合、フェライト量が35%以上になる。一方、SUS316L系溶接金属の場合は、SUS304Lに比べ感受性が小さいことが確認された。また、SUS304L、SUS316L系ともに溶接金属中のδフェライト量の変化に対するマルテンサイト変態量の変化に顕著な差異は認められなかった。

(5) 水素の拡散及び放出に関する基礎検討
 低温材料が液体水素の液化、輸送、貯蔵構造物に使用される時に予想される雰囲気下に材料を長時間保持し、材料中に起きる変化(組織変化と吸蔵される水素量)を検討するための試験方法を検討した。また、水素チャージ処理によってステンレス鋼中に導入された水素が材料中にどのように分布しているのかを把握するための基礎実験として、SUS316L鋼の母材および溶接金属(δ=10%)の水素チャージ処理材(10ppm)を用い昇温法による水素放出挙動の調査を実施した。その結果、母材と溶接金属間の相違はほとんどみられず、δフェライト量の影響は確認されなかった。

(6) Hydrogen'96と海外調査結果海外調査
 サブタスク6では、ドイツのシュツットガルトで開催された「11th WHEC(World Hydrogen Energy Conference)」で4件の成果発表を行った。また、液体水素関連技術(主に極低温材料技術)の調査の一環として、米国、カナダ及びドイツを訪問し、水素関連設備の調査及び最近技術動向の調査を行った。

(7) 液体水素雰囲気下材料試験装置の立上げ
 液体水素雰囲気下での材料試験を可能とする設備を、再委託先の新日本製鐵椛麹技術センター(千葉県富津市)内に新規に製作・設置し、仕様通りに稼働することを確認した。試験機は、広範囲に条件を変えて種々の冶金的特徴の材料の試験を可能とするために、25t規模の試験装置とし、JIS引張試験、ASTM破壊靭性評価試験、ASTM疲労試験が可能な機種とした。機器本体に6連式の引張試験用クライオスタットと単連の破壊靭性試験および疲労試験兼用のクライオスタットを組合わせて使用する。機器の制御とデータの解析はコンピュータで実施し、試験内容に対応した各種ソフトウェアを購入した。冷媒の自動供給により温度も自動で制御する。試験後の液体水素は屋外に設置した高さ6mのベントスタックから大気中に放出される。

6.3 今後の進め方及び課題

 以上の成果を踏まえ、平成9年度は以下の項目に重点を置きながら研究開発を推進する予定である。

 (1) 新装置を用いた液体水素雰囲気での各候補材の材料特性評価
 (2) 候補材の溶接部の極低温特性評価と新溶接材料の開発
 (3) 溶接部の水素脆化感受性と極低温水素ガス雰囲気での材料特性評価
 (4) ステンレス鋼、アルミ合金の低温脆化および水素脆化の機構解明

 特に、平成8年度に設置した新装置を用いた液体水素雰囲気での材料試験を中心に研究を進め、これまでに蓄積してきた低温材料特性データとの対比を行っていく。また、水素脆性に関して中国工業技術研究所との共同研究を継続し、低温脆性に関して金属材料技術研究所との共同研究を継続して実施するほか、他サブタスク、特にサブタスク3.5(安全対策・評価技術)、サブタスク5(水素輸送・貯蔵技術の開発)との情報交換を密に行い、材料に要請される目標値の設定およびデータベース構築に反映させていく予定である。



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