各タスクの平成11年度の成果概要


10. タスク10 低温材料の開発

10.1 研究開発目標

10.1.1 第U期の研究開発目標
 液体水素雰囲気下での材料特性試験を行うとともに、最適溶接材料及び最適溶接法に係る要素技術開発を実施する。また、材料特性データベースの拡充を図る。

10.1.2 平成11年度の研究開発目標

(1) 液体水素温度域での候補材(母材、溶接部)の材料特性に関する研究

 第T期候補材について母材および溶接部の液体水素雰囲気下での疲労強度試験等を実施し、材料特性データの充実を図る。また、新規の候補材および評価項目について検討を行う。

(2) 最適溶接材料及び最適溶接法に係る要素技術研究

 レーザ溶接、減圧電子ビーム溶接、摩擦撹拌接合等の新規溶接・接合法に係る要素技術開発を実施する。

(3) 低温材料特性データベースの拡充研究

 第T期で作成された低温材料特性データベースの追加データインプットを行うとともに、図表等の利用が可能なようにシステムの改善を図る。

(4) 低温脆化及び水素脆化のメカニズム解析研究

 低温脆化及び水素脆化のメカニズムを解析することにより、材料の脆化防止方法を検討する。

10.2 平成11年度の研究開発成果
 
第T期(平成5年度〜平成10年度)では、液体水素(20K)の貯蔵用タンクおよび輸送用タンカーに使用される極低温用構造材料の研究開発をサブタスク6において実施した。候補材として、極低温で使用実績のあったオーステナイト系ステンレス鋼2種(SUS304L、SUS316L)とアルミニウム合金(A5083)を選定し、母材および溶接金属について極低温(4K)〜室温域での各種機械的性質を評価した。液体水素雰囲気下における材料評価については従来実施困難であったが、新装置を設計・設置し、評価試験技術を確立して実施した。その結果、母材については液体水素雰囲気においても充分高い靱性を持っているが、溶接部では低温脆化および水素脆化について脆化感受性が高く改善が必要であることを明らかにした。一方、低温水素ガス雰囲気(150K〜室温)での水素環境脆化評価においては、SUS304Lの脆化感受性が高いことを明らかとした。また、WE-NETで蓄積した材料データおよび海外文献データをもとに極低温材料データベースを構築した。

 第U期の初年度である平成11年度の研究開発成果を以下に述べる。

10.2.1 液体水素温度域での候補材(母材、溶接部)の材料特性に関する研究
 第T期の候補材(SUS304L, SUS316L, A5083)について、母材および溶接部の液体水素雰囲気下での疲労強度試験等材料評価を継続し、平成10年度までの試験で欠落していたデータの採取、疲労特性データの充実を図った。SUS304LおよびSUS316L母材の疲労特性は、室温、77K、20Kのいずれの温度においても、0.2%耐力に相当する荷重では106回の繰り返し数でも破断せず、きわめて高い疲労強度を有していることが明らかとなった(図10.2.1-1)。

 第T期の知見を基に極低温靱性に優れた新規の候補材として、ステンレス鋼1種(SUS316LN)とアルミニウム合金2種(A5086、A5454)を選定し、材料特性評価に着手した。SUS316LNの母材およびTIG溶接継手とも、低温ほど引張強さが上昇し、0.2%耐力はSUS316L母材およびTIG溶接材料に比べて約2倍の値を示した。しかし、SUS316LN母材は全体的に高靱性であるが20Kにおいて若干の靱性低下が確認された。また、TIG溶接継手では、77K以下の極低温において不安定なき裂進展および低靱性が確認された。

 構造用材料に要求される未評価の項目として、疲労亀裂進展速度、切欠き感受性、薄肉材の材料試験等について評価方法の検討を行った。また、液体水素雰囲気における温度と水素の影響を分離して把握するため、ドイツのMPA(Amtliche Materialprufung -sanstalt;国立材料評価研究所)と、20Kのヘリウムガス雰囲気での材料評価の共同実施に向けた検討を行った。

10.2.2 最適溶接材料及び最適溶接法に係る要素技術研究
 
候補材溶接部の液体水素雰囲気下での靱性の抜本的な改善を狙い、ステンレス鋼のレーザ溶接継手とアルミニウム合金の摩擦攪拌接合(FSW)継手を英国TWI(The Welding Institute;溶接研究所)で作製し、溶接部の材料特性評価を実施した。

 SUS316Lのレーザ溶接材では、10%近いδフェライト、大小多数のポロシティ、さらには多数の微小介在物が溶接金属中に含まれているにもかかわらず、TIG溶接材を上回る高い低温靱性が得られた(図10.2.2-1)。しかし、レーザ溶接材では、低温域において延性が低下する現象が認められ、粗大ポロシティなどの欠陥が切り欠きとして作用する可能性が考えられる。

 アルミニウム合金のFSWは1990年代にTWIで開発された画期的な接合法(図10.2.2-2)である。組織観察結果から接合部は特有のリング状を示しており、その内部組織は非常に微細な組織を示している。FSW材は極低温域の引張強度で大電流MIG溶接材より優れた結果を示し、シャルピー衝撃試験および破壊靭性試験の結果からFSW材の靭性は大電流MIG溶接材と比べて著しく向上していることが確認された(図10.2.2-3)。これらは組織の微細化による靭性改善効果およびメタルフローによる亀裂進展の抑制などが考えられる。これらの結果からFSWは、アルミニウム合金の極低温における靭性改善方法の一つとして非常に有効であると考えられる。

 ステンレス鋼においては、MIG溶接継手の作製および特性評価を実施した。SUS 316LのMIG溶接金属は、高δフェライト量であるにもかかわらず、TIG溶接金属よりも高いシャルピー吸 アルミ合金の大電流MIG溶接継手においては、極低温靭性の改善を目的として溶接継手に偏析除去のため均質化処理を施した溶接継手の極低温特性を評価した。しかし、低温域では均質化処理による改善効果はほとんど認められなかった。

10.2.3 低温材料特性データベースの拡充研究
 第T期で作成された低温材料特性データベースに追加データインプットを行うとともに、データ抽出の便宜を図るために一部データテーブルの修正と追加を行った。また、図表等の利用が可能なように解析ツールを導入した。解析ツールはMicrosoft社のAccessとExcelで構成し、機能的にはAccessはデータの絞りこみを行い、Excelで散布図等のグラフ表示および解析を行う。今回、データベースのテーブル、フォーム等の記述は全て英語表記に改めた。

10.2.4 低温脆化及び水素脆化のメカニズム解析研究
 液体水素条件下で既にSUS316L の母材に適した溶接棒の選定は概ねできた。SUS316L の母材に対して同一の溶接棒を用い4種類のTIG溶接条件で試験片を作製し、異なる溶接条件における低温雰囲気でのシャルピー衝撃特性を把握することとした。ここで、本特性を効率良く短期間に評価するために、早々に利用できる液体窒素雰囲気下での材料強度試験装置を使用し、本試験装置の下限温度の77Kにて試験の実施及び評価を行った。その結果、同一の母材および溶接棒を用いても、その溶接条件によって衝撃特性が変化すること、また、同一溶接金属内でも、部位によって衝撃特性が変化することを明らかにした。溶接パスによる繰返し熱影響が溶接金属の低温靱性劣化の要因と考えられる。また、溶接金属に固溶化熱処理を施すことにより、衝撃特性の向上が確かめられた。

 第T期の研究では、候補材料の強度試験において220K近傍で脆化が発生することを確認した。よって、1.1MPaの水素中とヘリウム中において、SUS316NG、SUS316LN等の材料で引張試験を行い、低温水素環境脆化に及ぼす窒素含有量と炭素含有量の影響を検討した。その結果、窒素を含むSUS316NG材は水素環境脆化が認められないのに対し、SUS316LN材では低温水素環境脆化が認められた。窒素含有量よりNi含有量の影響が大きいものと考えられる。また、0.01%-0.06%の炭素含有量範囲で調整したSUS316は大きな低温水素環境脆化を示したが、炭素含有量の影響は認められなかった。

 液体水素貯蔵・輸送容器を長期間使用する間に、水素がどの程度材料中に進入し、どのように分布するかを把握するために、SUS304L、SUS316Lの母材およびTIG溶接金属について低温高圧水素チャージ処理(327K、9.8MPa、1,128h) を行った。水素分析と昇温中の放出水素分析試験を実施した結果、材料中に平衡濃度(約5ppm)に近い量の水素侵入が確認された。SUS316L系TIG溶接金属では、δフェライト量の多いほど鋼中への水素侵入量が多くなる傾向が認められた。また、小型の円周切欠き付き引張試験片による破壊靱性靱性試験により、SUS304Lのフェライト量の多い溶接金属で水素侵入により靱性が低下し、破面に顕著な段状部が見られることを明らかにした。

10.3 今後の進め方および課題

(1) 候補材(母材、溶接部)の液体水素雰囲気下での疲労強度試験等を実施し、材料特性データの蓄積を図る。また、ドイツのMPA(国立材料評価研究所)と液体水素温度域での材料評価の共同実施に取り組む。

(2) 新規溶接法のレーザ溶接、FSWの材料評価を継続するとともに、減圧電子ビーム溶接(RPEB)継手を作成し評価を実施する。

(3) 低温材料特性データベースについては、データの追加インプットを行う。

(4) 水素脆化のメカニズム解析については、実環境における構造材への水素侵入の可能性とそれによる材質への影響を詳細に調査していく。また、多層溶接による再熱の影響、溶接金属内の残留応力の影響など、低温脆化の様々な要因を洗い出すとともに、評価・解析を進めていく。



Copyright(C) 1998-2003 New Energy and Industrial Technology Development Organization