各タスクの平成11年度の成果概要


11. 水素分散輸送・貯蔵用水素吸蔵合金の開発

11.1 研究開発目標

 WE−NETでは、基本計画によりタスク11において

「・定置式および移動体への適用を目的とし、

・有効水素吸蔵量3wt%以上、

・水素放出温度 100℃以下、

・5,000サイクルでの水素吸蔵能力が初期の90%以上、

である水素吸蔵合金の探索」

が研究開発目標に設定された。この目標実現に向けての研究開発の方向付けと新規な高性能水素吸蔵合金をめざした探索研究が平成10年度に着手され、第U期(平成11年度〜15年度)のできるだけ早い時期に見通しをつけることがめざされている。この開発目標は水素吸蔵合金の水素自動車用水素燃料タンクへの適用が強く意識されているが、それだけにとどまらず各種の定置式水素貯蔵設備をはじめとする多くの適用先への導入・実用化を可能にするものである。

11.2 第T期および第U期の研究開発

11.2.1 第T期の研究開発
 
平成9年度までの第T期での調査研究により、既存の合金ではいずれも水素吸蔵量が不十分であることが判明した。しかしながら、Mg−Ni系合金が300℃近傍で約4wt%の水素吸蔵放出を示していることから、ここ数年、世界中でその特性改善とくに水素の吸放出温度を下げることに関心が集まり、多くの試みがなされつつあった。WE−NETにおいても内外で試みられている特性改善手法を総合検討し、有効と考えられる3種の技術手法を採り上げて、平成10年度より具体的な特性改善の検討に着手した。

 一方、研究の進展に伴い、水素の貯蔵量と水素吸放出温度とは相反する関係にあって、水素吸蔵量の大きな合金は水素吸放出の温度が高く、水素吸放出の温度域を使用可能範囲にまで下げると水素の貯蔵量が低下することが明らかになってきた。このため、WE−NET目標特性の実現は既存材料の調整・改良といったことでは基本的に困難であり、まだ世の中に存在していない新しい材料を創製することによって新しい高性能特性領域の出現をはかる必要のあることが明らかになってきた。

11.2.2 第U期の研究開発

 第U期の研究開発は、

(1) Mg−Ni系合金の特性改善について見通しを明らかにする

(2) 新しい結晶構造・組成を持つ新規材料を探索し、水素吸蔵量と水素放出温度の関係の既存枠を打破した新しい特性領域にある材料を創製・探索する

(3) NaAl水素化物の具体的な研究開発をスタートする

(4) 有望な材料を効率的に絞り込み、早期実用化の実現をはかる

(5) 水素貯蔵に有望な合金系以外の新材料について調査を進める

ことをめざして5年の期間でスタートした。平成11年度はその開始年度になる。

11.2.3 平成11年度の研究開発成果
 以下に平成11年度の研究開発成果について本報告書の概要を記す。

(1) 有効水素吸蔵量の評価方法

これまで有効水素量についての定義・測定条件が明確でなく、水素吸蔵合金の特性比較ならびにWE−NETでの適用性の評価が難しかったので、新たに定義と測定条件を定めた。 WE−NETでの適用を背景に20℃・10および30気圧での水素吸蔵、100℃・1気圧での水素放出を想定した有効水素量の定義と測定方法を検討し、提案した。今後WE-NETではこの定義による有効水素量で各種材料の特性を統一的に評価してゆくことになる。

(2) ラーベス組成を持つMg系合金

平成11年度は研究対象であるMg-Ni系合金のうち、未検討のラーベス組成を有するMg-Ni系合金の水素吸蔵放出温度の低温度化の可能性について検討した。メカニカルグラインディング処理したラーベス組成を持つMg-Ni合金を用い、水素の侵入型での吸蔵による、水素吸蔵放出温度の低温度化について検討し、次のような結論を得た。

<1>MgNi1.9M10.1(M1=Cr, Al, B, Cu, Si, Fe)合金等の水素放出特性を検討した結果、

(A)メカニカルグラインディング処理したラーベス組成を持つMg系合金は、423Kで0.2〜0.35wt%の水素を放出した。

(B)添加元素に依らず、水素放出開始温度は323K付近で、水素放出終了温度は443K付近であった。この放出温度範囲は、今迄開発されたMg系合金では最も低温度であった。

<2>水素の存在状態を検討した結果、比較材料としてMg2NiH4ではNi-Hの結合によるラマン分光ピークが観察されたが、ラーベス構造を持つMg系合金水素化物ではNi-Hによるピークは観察されなかった。従って、水素の存在状状態は、Mg2NiH4の場合とは異なることがわかった。

 以上からこれ迄のMg2Ni系・MgNi2系合金、およびメカニカルグラインディング処理したMg-Ni系合金の開発を通じて、Mg-Ni系合金系ではMg/Ni比が増加すると水素吸蔵量は増加するが、水素放出には高温を必要とすること、またMg/Ni比が減少すると水素放出温度は低温度化するが水素吸蔵量は低下すること、が明らかになった。

(3) Ca−Mg−X多元系新規水素吸蔵合金

 水素吸蔵量の目標値である3wt%を達成する可能性を有する合金の平均原子量は合金原子1個あたりの吸蔵水素原子量H/Mをa、合金の平均原子量をbとした場合、以下のように表される。

a/(a+b)≧0.03
b ≦32.3a

 目標値達成のためには、H/Mが1.5程度まで達するとしても平均原子量は50以下でなければならない。そこで構成元素として軽量なCaとMgに着目した。

 Ca−Mg−X合金のXとしてNiを選択し研究開発を実施した。反応焼結法によって作製したCaNi+xMg合金のX線回折ピークはCaNi、MgNiおよびCaMgの混合であった。わずかながら未同定ピークが存在したが、水素雰囲気下での熱分析で未知の水素放出のピークは得られず、CaNi、MgNiおよびCaMgの間には新規な化合物は存在しないことが推定される。

 また、Ca−MgーCu系合金の予備調査として理論計算を実施した。Ca(A)−Cu(B)系について従第一原理計算に基づくDV−Xα法によるシミュレーションにより、結合次数の比BondA−B/(BondA−A+BondB−B)を算出し、従来からの水素吸蔵合金のデータと比較した。結果としてCa/Cu=1/1では不均化反応が起こること、また、実用的な水素吸蔵特性を得るためには、Ca/Cu=1/3以下の比率が必要であることが予測される。

(4) Mg含有Ca-Ni系水素吸蔵合金

 Mg-Ca-Ni三元系合金組成の最適化や未知のMg-Ca-Ni三元系金属間化合物の探索を行うため,真空高周波溶解にて合計39組成におよぶMg-Ca-Ni三元系合金を作製した。水素吸蔵量および吸蔵速度に関しては室温で3MPaの水素をチャージすることで測定した.水素放出特性についてはPCT測定や水素を吸蔵した試料の熱分析測定を行い評価した。得られた主な結果は以下の通りである。

<1> C15型結晶構造を持った新規Mg-Ca-Ni三元系金属間化合物が広い組成範囲で出現した.

<2> 上記金属間化合物はわずかな組成の違いにより、水素を吸蔵すると非晶質化するタイプと結晶構造を維持して膨張するタイプとがあった。

<3> 上記金属間化合物はわずかな組成の違いにより、673Kで100時間の熱処理を行うとC36型結晶構造に変化するタイプとC15相が均質化するタイプとがあった。

<4> C14型結晶構造を持ったCaMg2相はMgNi2相やMg2Ni相と共存しているときのみ水素を吸蔵して非晶質化し,7 単相の時は水素を吸蔵しなかった。

(5) 高容量バナジウム系水素吸蔵合金

 Vベースの多元合金を検討した結果、プラトーの拡大ができ、実用の温度・圧力範囲で最高の有効水素吸蔵量を持つ合金の開発に成功した。即ち、273 K(0 ℃)、3.3 MPaで吸蔵した水素を373 K(100 ℃)、0.01 MPaで放出する場合に、2.64 mass%の水素を放出するV-Ti-Cr-Mn合金である。さらに、熱処理をせずに高い有効水素吸蔵量を示すV-Ti-Cr-Mn-Ni合金を開発した。この合金は、組成中で最も原子半径の大きなチタンと最も原子半径の小さなニッケルが合金内の組成分布に相関があり、水素に対する安定性の分布が少なくなる結果、プラトーが平坦化する。この合金は、上述の条件で2.47 mass%の高い有効水素吸蔵量を持つ。

 さらに、鋳造合金において、V-Ti-Ni合金に銅を添加した合金で、バナジウム固溶体相の単位格子が大きくなるのに対して,VH<1はむしろ不安定化する現象を見出した。また、V-Cu-Ni系合金において、V固溶体の母相が、水素化によって2段プラトーを示すことなく結晶構造がBCCからFCCに変化する合金を見出した。上記の事柄は全く新しい知見であって、VH<1の不安定化の一つの手法として注目される。

(6) 各種BCC系、B2系合金

 いくつかの有望なBCC合金の中でも大きな有効水素移動量を示したTi-Cr-V系合金の開発を進めている。この合金には、大きなヒステリシス特性を持つことと耐久性における劣化が大きいという欠点がある。今年度はTi-Cr-Vの組成や作製条件を変化させ、水素化特性との関係を調査した。また、添加元素の効果についての確認や予備的な耐久性試験を行った。その結果、以下のような知見が得られた。

<1>TiリッチおよびCrリッチな組成では有効水素移動量が小さく、プラトー特性が悪化した。

<2>V:5〜50at%の広い組成範囲で、室温条件におき吸蔵できる有効水素量は2.0〜2.4wt%であった。

<3>熱処理は、その条件により均質化効果の他に水素の吸放出に関与しない相を析出させるため、高温、短時間で行うのが効果的であることがわかった。

<4>添加元素により様々な効果が得られることがわかり、特にNb, Fe, Ni, Mn, Cu, Ca, Znでプラトー特性が改善された。

<5>温度一定圧力サイクルの耐久性試験を行ったところ、Nbを添加した合金は1000回の繰り返し後の有効水素移動量を20%増加させた。

<6>Ti-Cr-V系BCC合金は、母相の他に様々な組成を持つ析出相が見られた。これらの析出相が特性悪化の原因となっていることがわかった。

(7) 新規水素吸蔵合金の探索 

 全く新しい未知の水素吸蔵合金を探索する上で必要な指針を得るために今年度は以下の手順で化合物の結晶データに関する調査研究を実施し、探索のために合金を選択する基準となるものを設けた。

<1> データベースの2元系状態図から立方晶および正方晶構造の化合物を抽出し、これらの化合物について、結晶構造、格子定数、ユニットセル中の化学単位数Zを抽出した。

<2> 結晶データから各化合物について、原子当たり平均占有空間の大きさを計算し、この値を空間的な指標とした。

<3> 従来からの水素吸蔵合金の原子当たり平均占有空間を求めたところ、いずれも0.013〜0.015nm3の範囲内にあった。そこで、占有空間が0.015nm3以上、0.013〜0.015nm3 、0.013nm3 以下にグループ分けして各グループの化合物をいくつか作製し、PCT測定結果から各水素吸蔵放出特性の特徴を把握した。

 その結果、合金の高容量放出のためには、原子当たり適当な占有空間0.013〜0.015nm3を有し、水素との親和力が強いA元素と弱いB元素の比率A/Bが大きいことが必要であると判断した。この条件を満足できる化合物(含む単体)としては、元素の原子半径の大きさから考えてV系およびB元素として硼素、炭素、窒素、酸素を含む系の2種類の系が該当する。

(8) アルミニウム錯体水素化物

<1> 有機カチオンで置換した新規アルミニウム水素化物の合成

 有機カチオンで置換した新規アルミニウム水素化物の合成を試みた。塩化テトラフォスフォニウムおよび塩化ビス(トリフェニルフォスフィン)イミニウム、[(C6H5)3P=] 2NCl](=PPNCl)とLiAlH4との反応を極性有機溶媒、THF(テトラヒドロフラン)中で行ったところ、赤色の化合物を単離することに成功した。一方、PPNClとLiAlH4との反応(THF中、室温)の際、大量の気体の発生が観察された。この気体の分析は未だ行っていないが、その反応系中の組成を考慮すると、水素である可能性が極めて高い。

 また、現在、N-置換フォスフォザニウムアルミニウム水素化物の合成を目指し、出発化合物となる塩化N-置換フォスフォザニウムの合成を行っている。塩化フェニル置換フォスフォザニウムの単離に成功した。

<2> 触媒添加NaAlH4のプラトー圧および脱水素化/再水素化におけるkineticの決定 

 触媒添加NaAlH4のNa4AlH4への脱水素化反応に関する結果によると、固体中のDHは以前報告された溶融水素化物のそれとはかなり異なることがわかった。

 DH = 37 kJ/mol は固体反応において得られた値であり、また353Kにおけるプラトー圧は約8 atmと見積もられている。すなわち、353−423Kの温度範囲において、最初の脱水素化過程におけるプラトー圧が高すぎるという以前からの懸念は排除することができる。以上から、NaAlH4は、WE-NETの掲げる目標である、有効水素量3 wt%以上、プラトー圧9.87 atm以下を満たしていると言える。

(9) 炭素材料の水素貯蔵特性

 非常に大きな水素吸着量が報告されて世界的にも注目されている新炭素材料について、調査研究を行った。その結果、水素吸着量はカーボンナノファイバーで4〜7wt%、カーボンナノチューブで5〜8wt%、フラーレンと活性炭は約5wt%、の報告が多く、理論的研究結果からもこのあたりの水素貯蔵能力であると見るのが妥当と思われる。

 炭素材料に対する水素吸蔵については数多く報告されているが、測定精度にかなり問題点を含む結果が報告されており、使用している炭素材料についてのキャラクタリゼーションをしっかりした上で信頼できる測定法で測られているデータは以外と少ない。また、実用化を目標に据えた開発研究が特に重要であるが、そのためには理論的な考察を加えて実験データと対比、検討するとともに、炭素材料の種類、構造、水素吸蔵の測定法などについて十分吟味した上での検証実験を行っていく必要がある。

(10) Na系水素化物の加水分解による水素貯蔵法

 NaHとNaBHは加水分解により水素を発生する。後者の水素発生は比較的穏和に進行することから、実験室等の少量用途での水素源として利用されもしてきた。これらの加水分解は、反応物に対する重量当たりの水素発生量がそれぞれ化学量論比で4.7%と7.2%と大きいことから、最近、燃料電池用の水素貯蔵媒体としての利用が提案され、その可能性に大きな関心が寄せられている。Na系水素化物の加水分解は水素貯蔵法として魅力的に感じるが、技術的に慎重な検討をすすめておくことが必要である。加水分解で極めて安定なNaOHやNaHBOが生成すること、加水分解での発熱量が大きくそれに対応する熱を再生反応で加えなければならないため、エネルギー効率が低くならざるをえないこと、などがその理由である。同様なバリエーション技術が今後も多くでてくることが予想されるが、基礎的な見極めを十分に行って評価判断をしてゆくことが大切であろう。

11.3 今後の進め方および課題

(1) 第U期の前半(平成13年度)で新しい合金系ならびに新技術の探索と見極めを行い、WE-NET開発目標特性を実現する最新の有力な材料と技術の見通しをつける。

(2) 第U期の後半では、有望な合金系について早期の実用化と産業技術化の検討を進める。あわせて、さらに新しい合金と新技術の探索をすすめ、次々世代の合金をめざす。

(3) 3wt%以上の水素貯蔵能力の要請に対しては次世代の合金、5wt%以上の貯蔵能力の要請に対しては次々世代の新合金やAl錯体水素化物、8wt%以上の貯蔵能力の要請に対しては新炭素材料の研究開発を進めることによって、今後進展する水素貯蔵容量に対する種々の社会的要請に応じられるように技術開発の方向付けをすすめる。



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